2024/2/8 夜明けを待つ④ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

『JET STREAM』

作家が描く世界への旅。

今週は、ノンフィクション作家・佐々涼子のエッセイ『夜明けを待つ』を、番組用に編集してお届けしています。

今夜はその第4夜。

旧宗主国フランスの香りが残る、ベトナム・ハノイの市街地には、洋服を山のように積んだ用品店や、昔ながらの観光薬局・カフェなどが立ち並び、その前をベトナム式の麦わら帽を被った、行商が行き過ぎる。

路地には、小鳥を入れた竹製の鳥籠が吊るされ、子供たちが歓声を上げながら、走り抜けていく。


2018年、技能実習生の取材に訪れた私は、ハノイの街角で、小柄な女性の背中を追いかけて、歩いていた。

黒髪をパツンと切り揃えたボブに、赤い口紅。

湯上がりに着るような、ラフなワンピースを着て、外股で歩いていく。

洗練されているとは言い難い歩きっぷりだが、斜めに掛けているのは、黒いシャネルのハンドバッグ。

彼女は技能実習生として来日して、縫製の仕事をし、ベトナムに戻ると、今度は同胞の送り出し機関で働き始めて成功した。

シャネルは、勲章だ。

この女性にインタビューをしたが、ガードが固く、差し障りの無い返事しか戻ってこない。

だが30歳を過ぎてから日本に働きに行き、語学力を付けて帰ってきた、その度胸と努力を聞くだけでも、彼女の逞しさが分かる。

夜になると、外国人ばかりのバーの特等席に、私を招いてくれた。

バルコニーから街を見下ろす。

バイクで走る若者たちや、子供向けの光るおもちゃ、屋台の明かりが見えて、私はなぜか沢田研二の歌う『TOKIO』の歌詞を、思い出していた。

[ハノイ]

みんなが未来に希望を持てた、あの頃の日本の雰囲気を、この街は纏っている。

「日本に何度でも実習に行きたい。

いくらでも、残業できる」

と、彼女は言った。


次の日は、ハノイ郊外の日本語学校に見学に行き、若いベトナム人教師たちと、昼にフォーを食べに行く事にした。

ヘルメットを渡され、原付バイクの後ろに乗れと言う。

白い開襟シャツの細いウエストに、遠慮がちに手を回すと、

「しっかり捕まって!」

と、注意された。

埃っぽい風をまともに浴びながら、田舎道を疾走した。

[バイク]

風に紛れて、前から彼女の声が聞こえた。

「バイクで、何が一番楽しいと思う?」

しばらくして、また彼女が言う。

「恋人と一緒に乗る時」

耳がくすぐったくなった。

彼女は快活に笑う。

彼女も、元実習生。

ベトナムでは女性が強く、気持ちがいいほどの野心を持っている。

彼女たちには、敵わない。

そして最後の夜は、日本人女性を訪ねた。

私と同じ世代。

送り出し機関に勤めている。

「日本の行く末を、外から眺めてみたくてね」

と言う。

娘を夫に託し、離婚。

単身ハノイに渡り、働いている。

すっかり意気投合して、私が私生活の悩みを漏らすと、こう言った。

「私ね、離婚した時こう思ったの。

『よし!

10年後、今より絶対に、幸せになっていよう』

って」

そして、涼しげな笑顔を湛えて、こう言った。

「ちゃんと、そうなったわ」

女性たちがあまりに魅力的だったので、私はハノイが好きになった。

最近その人は、日本に戻る決意をした。

「日本が、実習生を安い労働力だと思っているなら、私はベトナムからの実習生は、あと数年で来なくなると思うの」

彼女は、中国・韓国から実習生が来なくなった歴史を、知っている。

「日本はどうなっちゃうんだろうって、思うわ」

彼女の言葉に、私は深く頷いた。


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