2022/12/16 カイマナヒラの家⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、『ジェットストリーム イン ハワイ』。


作家・池澤夏樹の小説『カイマナヒラの家』には、ハワイイに暮らすロコたちが、生き生きと描かれている。


今日は、ダイヤモンドヘッドの麓にある家で、ウィンドサーファーのミッキーが、ハワイイの波と風を語る一編。


「ウィンド・サーファー」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ジェニーのボーイフレンドのミッキーとは、あまり話をした事がなかった。


彼はいつもマウイにいて、時折、カイマナヒラの家に帰ってくる。


彼は、8分の5まで中国系のハワイイ人で、残りは先住民と白人と日本人だという。


背が高く、品のいい顔立ちで、寡黙だ。


いつもニコニコしている。


食事の席でも、みんなの話を聞きながら、静かに頷いている。


親しくなってから3年経った今も、ジェニーはミッキーに夢中で、近くにいる時は、いつもうっとりと、彼の顔に見惚れている。


普段はミッキーは、その視線に気付かないが、たまに気付くと、にっこりと笑う。


ジェニーはそれだけで、ボーッとなる。


脇で見ていても、羨ましいような仲だった。


僕は、風も波も無い日に一度だけ、ミッキーとカイマナヒラの家の前のビーチで、ウィンドサーフィンの事を話した事があった。


僕自身は、ウィンドをやった事がない。


だから、彼にウィンドの事を聞いてみた。


[ウィンドサーフィン]


彼は、ポツリポツリと話してくれた。


僕は頷くだけで、ずっと黙って聞いていた。


「ウィンドは面白いよ。


10年やっていても、まだ毎日新しい事が起こる。


沖に出る度に、新しい波と、新しい風に出会う。


毎日、


『ああ、なんて凄かったんだろう』


って思いながら、海から上がるんだ。


朝、目が覚めて、今日もボードに乗って風を受けて、飛べるって思うと、それだけで嬉しくなる。


風が無い日には、サーフィンをやってる。


サーフィンは、ウィンドの基礎だから。


でも今日みたいに風も波も無いと、もう何をしていいか、分からなくてね。


それくらい凄い事なんだよ、ウィンドって。


なんか、上手く言葉にならないな。


ウィンドサーフィンは、やっぱりサーフィンなんだ。


風の力を利用して、大きな波に乗る。


パドリングじゃとても乗れないような大きな波にも、セールを使えば乗れる。


セールがあると、風の力が、自分の力みたいに思えるんだ」


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


「ウェーブライディングしていると、波という怪物の鼻面を、腕力で押しひしぐような気分になる。


だけど、それは本当は自分の力ではなくて、風の力なんだ。


ただそれが、セールから腕に伝わって、それからボードに行くから、自分の力みたいな気がするのさ。


普通のサーフィンでは、テイクオフできないほどの大きな速い波でも、風の力で乗れるのが、ウィンドだよ。


こういう事って、言葉にならない。


水の上にいると、何も考えないんだ。


こういう動きがしたいって思って、風の向き、強弱、ボードやセールの角度、それに波の動きを感じ取った時には、もう体が反応している。


イメージは決まってるんだ。


着実に、やるだけなんだ。


そうなるまでに、100回も、1000回もトライする。


1000回やっても、相手は波と風だから、1000回全部違う。


ウィンドサーフィンは、誰も見ていない。


コンテストは別として、普通は、誰も見ていないんだ。


自分でやって、自分で満足するだけ。


夕方浜に戻って、ジェニーに


『今日の波は凄かったよ』


って言って、彼女が


『良かったね』


って言ってくれても、その日僕が、本当はどんな事をしたのか、彼女には分からない。


記録は数字にならないし、勝ち負けも無い。


ただ、僕の中の満足感だけだ。


それが強烈だから、僕は時々、ウィンドをやってる夢を見る。


信じられないほどいい風の中で、信じられないほどいい波に乗ってる自分、とかね。


10年ウィンドをやってきて、まだまだ飽きないで、あと何十年できるだろう、って考えている。


これで、僕は自分の事を、全部君に話した事になるよ。


これ以外の事は、僕の中には何も無い。


なぜって?


僕は、ウィンドサーファーだから」


【画像出典】