2022/12/12 カイマナヒラの家① | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、『ジェットストリーム イン ハワイ』。


作家・池澤夏樹の小説『カイマナヒラの家』より、一部編集してお送りします。



太平洋の真ん中に浮かぶ楽園、ハワイ。


その自然と人々の暮らしに惹かれた、作家・池澤夏樹は島々を巡って、名著『ハワイイ紀行』を書いた。


そして池澤は、小説でもその魅力を描いている。


今日は、その第1夜。


物語はワイキキ沖の波の上で、ロコの青年ロビンと出会うところから、始まる。


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「全ての始まり」


今になって振り返って見れば、僕が本気でハワイイに通っていた時期は、そう長くはなかった。


それでもあの頃の、熱に浮かされたような、いつも波の上に浮いているような気分は、その後もずっと僕の中に残った。


ロングボードで沖に出て、うねりに身を任せて、ゆっくりと上下しながら、沖の方を見て、大きな波が来たら、乗ろうと待っている。


あの3年ほどの間、僕は人生全体に対して、そういう姿勢でいたみたいだった。


思春期は、波打ち際から海へ出る時期だった。


砕ける波の下を苦労してくぐって、20代半ばには、沖の安定した水域まで出ていく事ができた。


後は、待つだけ。


海の神様が、遠い沖合から送ってくれる、大きな素晴らしい波を待つ。


待っている事も忘れるくらい、のんびりと。


今振り返ってみれば、僕の人生に、そんなにいい波が来た訳ではなかったし、だから一層、あの頃の幸福が、懐かしいのだが。


あの時期、ハワイイに行くと、もう波の事しか、考えなかった。


日本に戻って、一応真面目に仕事をしている時だって、僕の心の一部は、ボードの上に腹這いになって、波を待っていた。


大きな波が来て、力の限りパトリングして、波に乗って、後ろから突き飛ばされるような加速感にワクワクしながら、前傾姿勢でボードの上に立つ。


それから、すっくと背を伸ばす。


腰を落とし、足を踏み締め、両手を広げる。


限りなく崩れていく波の上の、絶対に崩れない、一点としての自分。


足元で、潮はザワザワと大きく崩れ続けるけれど、ボードに立った僕は、ぐらつかない。


波に駆動されて、波の上を滑走する。


そのために、ハワイイに通った。


あの長い大きなスウェルに会うために、通った。


だから、あそこは僕にとってはハワイではなく、"ハワイイ"だった。


あの島々を呼ぶ本来の言葉のままに、"ハワイイ"だった。


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ハワイが、本当はハワイイだと教えてくれたのは、ロビンだった。


僕たちが出会ったのは、ワイキキの沖。


ビーチは沢山の人で賑わっているけれど、ボードで沖に出る者は少ない。


しかも、あそこはいい波が来る。


[ワイキキ]


その日、僕はずっと沖まで行って、のんびりと波を待っていた。


その辺りまで行くサーファーはほとんどいなくて、大抵の連中は、岸に近い所で小さな波に乗って、派手なパフォーマンスを繰り返し、ビーチの観光客の目を引こうとしている。


そこで、20メートルほど左に浮いていたのが、ロビンだった。


僕らは、少し近づいて、話し始めた。


サーファーは、よく波を待つ間に、お喋りをする。


波の事、天気の事から始まって、名前を教え合い、色々な事を話す。


ほとんど、雑談。


その時に僕が、見るからにロコの、つまり先住民の血の濃い顔をしたロビンに聞いたのだ。


なぜ、ハワイの綴りには、iが2つも入っているのかと。


波に浮いて、ゆっくりと上がったり下がったりしながら、前から気になっていた、でも本当はどうでもいいような疑問を、口にしたのだ。


ロビンは、


「だって、ここはハワイイだから」


彼は、イの音をはっきり2つ並べて、発音しながら言った。


その日一日、僕と彼は、ワイキキの沖でお喋りをして過ごした。


たわいもない話、波の事、ハワイイの事、日本の事。


ロビンは、見事な肌の色をしていた。


端正な顔だった。


ボードの上に立ったところを見ると、なかなか長身で、歳は僕と同じくらい。


笑うと目の辺りがくしゃくしゃになる。


髪は濃い栗色で、背中まである長髪。


夕方が、近づいた。


「どこに泊まってるんだ?」


とロビンが聞いた。


「うちにおいでよ。


無駄な金を使う事はない。


大きな家で、部屋はいくつでもある。


あの辺りだ」


そう言って、ロビンは、岸辺のずっと右の方を指差した。


ワイキキの一番外れ、ダイヤモンドヘッドの麓に、近い辺りだった。


【画像出典】