2022/8/12 ニューヨーク・スケッチブック⑤ | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

JET STREAM


作家が描く世界への旅。


今週は、作家ピート・ハミルの短編集『ニューヨーク・スケッチブック』高見浩・訳より、一部編集してお送りしています。


今夜はその最終夜。


ニューヨーカーが集まるバー、ライオンズ・ヘッドには、今夜もビリー・ホリデーの歌が流れている。


だが、主人公の作家は、見知らぬ男と奇妙な話を続けている。


待ち合わせた女友達は、来るだろうか?


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「その女性とは、どこで知り合ったんだい?」


私がそう聞くと、


「ローズランド、って店だがね」


と、ささやくような声で、彼は言った。


「じゃあ、その店に電話をかけてみようじゃないか」


私は言った。


「僕の女友達が着いたら、そこに一緒に行って、話し合えばいい」


「あいつは俺と一緒でなきゃ、あんな所に行くような女じゃねぇんだったら!」


彼は声を張り上げた。


私は腕時計に目を走らせた。


今日のデートの相手は、もう1時間も遅れている。


「しかし、彼女が一人でそこに出掛けた事が、少なくとも1回はあるはずだ。


つまり、君が彼女と知り合った晩さ」


「あの晩あいつは、妹と一緒だったんだ。


あいつは、真面目な女だからな。


しょっちゅう外出して、男とほっつき歩くような女じゃねぇんだ!」


「じゃあなぜ君は、彼女が僕と付き合っているなんて思い付いたんだ?」


「あいつが自分でそう言ったからさ。


例の喧嘩をした晩にな」


「喧嘩を?


じゃあ、彼女を殴ったのかね?」


私がそう聞くと、男は言った。


「俺は、女を殴るような男に見えるかい?」


「喧嘩の原因は?」


そう聞くと、彼の口調は、また弱々しくなった。


「あいつは、結婚してくれと、せがんだんだ」


「じゃあ結婚してやればよかったじゃないか」


と、私は言った。


「結婚してなぜ、いけないんだ?


素晴らしいぞ、結婚は。


実に素晴らしい。


あのカウンターにいる男たちの誰でもいいから、聞いてごらん。


連中も、みんな一度は結婚しているんだから」


すると、


「俺には、女房がいるんだ!」


と、彼は叫んだ。


ジュークボックスからは、"レディー・デイ"ビリー・ホリデーの歌う、『イン・マイ・ソリチュード(私の孤独)』が、流れていた。


[ビリー・ホリデー]


今、一人きりで彼女の歌を聴いているのならいいのだがと、私は思った。


そしてつぶやいた。


「んー、ちょっと、こんがらがってきたな」


男は言った。


「しかも、女房の奴は、まだ愛してるんだ」


「おい、まさかその相手も、僕だと言うんじゃないだろうね?」


「お気の毒様。


俺なんだよ、女房が愛してるのは!」


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私はウェイトレスに手を振って、


「ブラックコーヒーをもう一杯」


と、彼が飲んでいるものをもう一杯注文した。


それから、新聞を畳んで、尻に敷いた。


「よし、じゃあ、こうしたらどうだい?」


彼の理性に訴えるように、ゆっくりと、私は言った。


「今の奥さんと離婚して、ローズランドで知り合ったその女性と、結婚するんだ」


「そんな事したら、子供たちに悪影響があるだろうが!」


と彼は言った。


「いくつだい、お子さんたちは?」


「27と、29」


「君は、その子たちが老衰で死ぬかどうかするまで、待とうってのかい?」


「面白くも何ともねぇぜ、そんな冗談は」


「まあ、もう一杯飲めよ」


「ふん、今度は俺が奢るぜ」


しばらく沈黙してから、彼は言った。


「俺は、そんなに頭がおかしい訳じゃあないぜ」


「ああ」


私は言った。


「君はただ、中ぐらいに頭がおかしいだけだ」


「そんな風に見えるかい?


俺の顔に、そう書いてあるってのかい?


世間の連中が俺を見て、


『おい、こいつは気がふれてるぞ!


きっと、女が原因だろ!』


とでも言うってのかい?」


「いや、それほどはっきりは見抜けんさ」


ウェイトレスが、コーヒーと酒を運んできた。


私は、腕時計に目を走らせた。


男が聞いた。


「おめぇは、いつも一人でここに入り浸ってんのか?」


「いや、時にはうちで物を書いてる事もある」


「おめぇのデートの相手はどうしたんだ?」


「さぁな」


と、私。


男は、グラスを半分ほど干してから、こっちを見やった。


「実を言うと、俺はおめぇの本は、一冊も読んでないんだ」


「ん、どれか、読んでみたらどうだい?


きっと楽しめるから」


「おめぇは絶対に、俺の女を盗んじゃいないな?」


「そう来なくっちゃ。


だんだん正気に戻ってきたようだぞ」


ウェイトレスに勘定を頼むと、太った男がサッと伝票を掴んでしまった。


「俺が喧嘩をふっかけたんだ。


俺が払うよ」


「ありがとう」


私は立ち上がった。


「おめぇは結局、すっぽかされたって訳か」


「そうらしいね」


「でも、こんな夜遅くに、どこに行こうってんだい?」


「どこかでまた、運試しでもしてみるさ」


私は答えた。


ひょっとすると、見知らぬ女と、恋に陥るかもしれない。


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