「新しい空の旅へ」
毎週、様々な主人公の旅の物語をお送りしている、『JET STREAM』。
今週は、小説家・角田光代のエッセイ『いつも旅のなか』より、一部編集してお送りしています。
今夜は、その第2夜。
直木賞をはじめ多くの文学賞を受賞し、活躍を続ける小説家、角田光代。
無類の旅好きである彼女の旅エッセイには、思いがけない出会いや小さな事件があり、一緒に旅をしているような気持ちになる。
今夜は、角田にとって2度目のイタリア旅となった、ハードなトレッキングジャーニー。
題して、『ビバ・団体旅行』を、紹介します。
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物書きという仕事をしていて、旅はいつも独りだと言うと、団体行動が苦手な、協調性なき人間だと思われがちであるが、実際のところ、私は団体旅行が好きである。
得意だとも思う。
私は集合時間には決して遅れないし、自由時間になっても、誰かのそばをひっついて離れないし、その日解散になっても、飲もう飲もうとうるさく誘って、誰かと飲みに行く。
私は根っからの、団体旅行的人材なのだ。
つい先日、仕事で団体旅行をする事になった。
期間は10日間、行き先は北イタリアである。
北イタリアの山々で、トレッキングをするという企画。
メンバーは、日本から私を含め5人、現地で3人。
メンバーは、皆ほぼ初対面。
目的がトレッキングだから、山の麓の小さな町で、ずっと一緒にいる事になっている。
しかも、よく知らない人と10日も一緒にいるのは、人生初。
「大丈夫だろうか、私?」
とビビりながら、出発したのであった。
ところで、イタリアの山々をトレッキングする、という企画を聞かされ、私が心に思い描いていた光景は、花の咲き乱れる緑豊かな森の中を、鼻歌歌いながら散歩する、というものであった。
[トレッキング]
昼夜ともに美味いイタリア飯を食らい、イタリアワインで明け暮れる。
イタリアはこの春に行ったが、一人旅だったので、どう頑張っても1食に2品しか食べられず、どう頑張ってもワインはデカンタサイズだった。
それが、今回はイタリア団体旅行なのだ。
8人いれば、一度に最低8品を回し食べできるであろう。
ワインは少なくとも、3種類が楽しめるであろう。
団体で10日は不安だが、
「ルルル〜ラララ〜」
と、楽勝気分だったのである。
それが、私が成田を出た日に、北イタリアには雪が降り、トレッキングする予定だった山は、ほとんど雪山になってしまった。
トレッキング第1日目。
雪山登山用の物凄く重たい靴や、ストックや、雪除けのレッグウォーマーのような物を手渡された。
随分な装備と訝しみつつ、私はそれら全てを身に着け、イタリア人ガイドさん(65歳)と共に、トレッキングに出立したのであった。
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雪山でも、
「ルルル〜ラララ〜」
だと私は思っていた。
だって、トレッキングって、平地を歩く事でしょ?
しかし、歩き出して10分後。
鼻歌のはの字も出ない事に、気がついた。
山登りだったのだ。
平地どころではない、雪山登山だったのだ。
[雪山登山]
花もなく、森もなく、緑もない。
雪にすっぽり覆われた岩山を、ただ黙々と登るのである。
しかも元々が岩山だから、道が平坦ではない。
右足は30センチほど雪に埋もれただけなのに、次に出した左足は、腿までずぼりと埋まったりする。
結局6時間ほど歩いて、ようやく出発地点の小屋が見えてきて、私は呟かざるを得なかった。
「死ななかった・・・」
と。
しかし、トレッキングはこの1日で終了ではない。
これから数日に渡って、違う山を登るのである。
「なんだか話が違う」
と私は内心思っていたが、ここではたと気づいてしまった。
私は、トレッキングとウォーキングを、ごっちゃにしていたのである。
北イタリアをウォーキングするのだと思い込んでいた。
森の中を、花を摘みながら、
「ル〜ルル〜」
は、ウォーキングなのである。
計4回、山に登った。
正確に言えば、1回は渓谷であったが、まあ似たようなものだ。
つまり、アップダウンのある雪道を、ひたすら歩く。
一番高いところは、3000メートルまで行った。
足だけでなく、手を使わなければ進めないところも、あった。
つまり、ロッククライミングの格好である。
ずらずらと全員で命綱を着けて歩いたところもあった。
この旅の参加メンバーは、団体旅行御一行の域を超えている。
もう、運命共同体である。
ある意味地獄の雪山合宿を終え、私たちは街へ下りてきた。
ベネチアである。
一大観光地である。
この一大観光地にあっても、私たちは皆つらつらと、みんなでそぞろ歩く事を止めなかった。
雪山で結ばれた固い絆は、ベネチアの水よりも、強かったのである。
旅と言えば、ほぼ決まって一人なのだが、私はなんて自分に向かない事をしているんだろうなぁと、今回悟った。
個人旅行は、私には向かない。
誰か、私と一緒に、団体旅行をしませんか?
ちなみに、独立独歩型ではない人希望。
私の、胃のために。
【画像出典】