2022/5/31 いつも旅のなか② | 福山機長の夜間飛行記録

福山機長の夜間飛行記録

月曜日から金曜日までの毎晩放送されるラジオ番組"JET STREAM"のうち、福山雅治機長のフライト部分を文字に書き起こして写真を貼り付けただけの自己満足ブログです。(※特定の個人・団体とは一切関係ございません。)

「新しい空の旅へ」


毎週、様々な主人公の旅の物語をお送りしている、『JET STREAM』。


今週は、小説家・角田光代のエッセイ『いつも旅のなか』より、一部編集してお送りしています。


今夜は、その第2夜。


直木賞をはじめ多くの文学賞を受賞し、活躍を続ける小説家、角田光代。


無類の旅好きである彼女の旅エッセイには、思いがけない出会いや小さな事件があり、一緒に旅をしているような気持ちになる。


今夜は、角田にとって2度目のイタリア旅となった、ハードなトレッキングジャーニー。


題して、『ビバ・団体旅行』を、紹介します。


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物書きという仕事をしていて、旅はいつも独りだと言うと、団体行動が苦手な、協調性なき人間だと思われがちであるが、実際のところ、私は団体旅行が好きである。


得意だとも思う。


私は集合時間には決して遅れないし、自由時間になっても、誰かのそばをひっついて離れないし、その日解散になっても、飲もう飲もうとうるさく誘って、誰かと飲みに行く。


私は根っからの、団体旅行的人材なのだ。


つい先日、仕事で団体旅行をする事になった。


期間は10日間、行き先は北イタリアである。


北イタリアの山々で、トレッキングをするという企画。


メンバーは、日本から私を含め5人、現地で3人。


メンバーは、皆ほぼ初対面。


目的がトレッキングだから、山の麓の小さな町で、ずっと一緒にいる事になっている。


しかも、よく知らない人と10日も一緒にいるのは、人生初。


「大丈夫だろうか、私?」


とビビりながら、出発したのであった。


ところで、イタリアの山々をトレッキングする、という企画を聞かされ、私が心に思い描いていた光景は、花の咲き乱れる緑豊かな森の中を、鼻歌歌いながら散歩する、というものであった。


[トレッキング]


昼夜ともに美味いイタリア飯を食らい、イタリアワインで明け暮れる。


イタリアはこの春に行ったが、一人旅だったので、どう頑張っても1食に2品しか食べられず、どう頑張ってもワインはデカンタサイズだった。


それが、今回はイタリア団体旅行なのだ。


8人いれば、一度に最低8品を回し食べできるであろう。


ワインは少なくとも、3種類が楽しめるであろう。


団体で10日は不安だが、


「ルルル〜ラララ〜」


と、楽勝気分だったのである。


それが、私が成田を出た日に、北イタリアには雪が降り、トレッキングする予定だった山は、ほとんど雪山になってしまった。


トレッキング第1日目。


雪山登山用の物凄く重たい靴や、ストックや、雪除けのレッグウォーマーのような物を手渡された。


随分な装備と訝しみつつ、私はそれら全てを身に着け、イタリア人ガイドさん(65歳)と共に、トレッキングに出立したのであった。


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雪山でも、


「ルルル〜ラララ〜」


だと私は思っていた。


だって、トレッキングって、平地を歩く事でしょ?


しかし、歩き出して10分後。


鼻歌のはの字も出ない事に、気がついた。


山登りだったのだ。


平地どころではない、雪山登山だったのだ。


[雪山登山]


花もなく、森もなく、緑もない。


雪にすっぽり覆われた岩山を、ただ黙々と登るのである。


しかも元々が岩山だから、道が平坦ではない。


右足は30センチほど雪に埋もれただけなのに、次に出した左足は、腿までずぼりと埋まったりする。


結局6時間ほど歩いて、ようやく出発地点の小屋が見えてきて、私は呟かざるを得なかった。


「死ななかった・・・」


と。


しかし、トレッキングはこの1日で終了ではない。


これから数日に渡って、違う山を登るのである。


「なんだか話が違う」


と私は内心思っていたが、ここではたと気づいてしまった。


私は、トレッキングとウォーキングを、ごっちゃにしていたのである。


北イタリアをウォーキングするのだと思い込んでいた。


森の中を、花を摘みながら、


「ル〜ルル〜」


は、ウォーキングなのである。


計4回、山に登った。


正確に言えば、1回は渓谷であったが、まあ似たようなものだ。


つまり、アップダウンのある雪道を、ひたすら歩く。


一番高いところは、3000メートルまで行った。


足だけでなく、手を使わなければ進めないところも、あった。


つまり、ロッククライミングの格好である。


ずらずらと全員で命綱を着けて歩いたところもあった。


この旅の参加メンバーは、団体旅行御一行の域を超えている。


もう、運命共同体である。


ある意味地獄の雪山合宿を終え、私たちは街へ下りてきた。


ベネチアである。


一大観光地である。


この一大観光地にあっても、私たちは皆つらつらと、みんなでそぞろ歩く事を止めなかった。


雪山で結ばれた固い絆は、ベネチアの水よりも、強かったのである。


旅と言えば、ほぼ決まって一人なのだが、私はなんて自分に向かない事をしているんだろうなぁと、今回悟った。


個人旅行は、私には向かない。


誰か、私と一緒に、団体旅行をしませんか?


ちなみに、独立独歩型ではない人希望。


私の、胃のために。


【画像出典】