エゴン・シーレの自画像
| 泉 直史 卒業論文要旨 「エゴン・シーレの自画像」1909~1911年の考察を中心に |
シーレは自画像の画家である。
シーレはその28年の生涯で、油絵で45点、素描・ドローイングで165点の自画像を残した。63歳と、シーレよりはるかに長命であり、自画像を多く描いたとされるレンブラントの油絵・銅版画・素描を合わせた自画像数が約60点であるということから考えてみても、シーレが自画像を数多く描いた画家であるということは明らかであるだろう。しかし、シーレはただ多くの自画像を描いたという数の問題だけで自画像の画家であると考えられているのではない。裸体の自画像や自慰行為をしている自画像、勃起したペニスを持つ自画像など、それらの自画像は20世紀のオーストリアにおいてだけでなく、現代的な視点から見ても非常に先鋭的である。しかし、シーレの評価はそのような衝撃的な自画像を描いた画家という範疇に留まることはない。
自画像とは、当然であるが自分自身を描く。自分自身を描く際には、鏡などを用いてであろうが、そうでなかろうが、自分自身を見つめて向き合わなければならない。自分自身の未熟さや不完全さといった、普段は目を背けて見たくない部分にもしっかりと向き合って、うそ偽りなく虚飾なしで描き現さなくてはならない。そうでなくては、いくら表面の形態だけを明確に描き記したところで、それは表面の記録であって自画像ではあり得ない。勇気を奮って自分の中に飛び込み引きずり出して来た本当の自分を描き出さなければそれは何の意味も持たず、人の心を打つことはない。自らを描くことは非常に難しく恐ろしい行為である。シーレは生涯を通してそれを行った。
その中でも、シーレが最も多く自画像を描いたのは二十歳の頃である。二十歳というのは、誰であれ子供から大人へと思春期を終え成長する過渡期であり、自分の将来への希望を膨らませたりするだけでなく、芽生え始めた性への関心と葛藤したり、社会や多くのしがらみとの軋轢に苦しむ時期である。恋人の出現であったり、叔父との確執であったり、慢性的な貧しさであったり、シーレにとってもこれらのことは同様に訪れている。そんな時期にシーレは最も多くの自画像を描いているのである。


