自ら望まぬ死を選ぶことについて | ccrocoeさんのブログ

ccrocoeさんのブログ

こころ

おもい 徒然 

向いたとき


✻ 過去詩集を差し上げます。興味ある方はご一報ください。



ひとは窮状と必死に闘っていると、知らず知らずそこしか見えなくなってゆく。世界は固定され、展開はしない(断定)、援助は無理(絶対)、生きている限り続く(=永久的)、ものに見えてくる。そういう流れ(記事内での洗脳、)に完全に巻き込まれないうちに、自分の客観的思考がまだ効くうちに、何かしら『いつもと違う行動』をするのが大切だと、わたしはおもう。
問題に直接的じゃなくても、ほんの少しだけ日常しないことをする。出来れば他人(コンビニ店員さんとか駅員さんでもいい)と言葉を(挨拶とかでもいい)交わす、或いは目につく行為を。
『この道しかない』という、多くは潜在的だろう拘束された視線(思考)の焦点を、少しでも揺るがせる。この道、に無いことをする。
そして
もはやトラウマ(?)化しているかもしれないけれど、『この道を進まねばならない理由』を一度放棄する、勇気(大抵のことはどうにかなる、常識的な人ならそれで疎遠になることはない)を意識すること。
最後に
とにかく時間をかせぐこと。

どんな人にも、生きやすい世界はあるとおもう(理想的という意味ではない、けど)。現状を抜け出す機会は必ず、何度でも、訪れる。
一本道だと感じる場合、多くは他の道が見えなくなっているだけだし 苦しみばかり訪れると感じる場合、多くは他の(喜びなどが訪れる)扉が閉ざされているだけで、そうなってしまう原因はいつでも取り除くことが可能なことを、どうか忘れないでほしい。
生きてほしい。