回復について。 | ccrocoeさんのブログ

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こころ

おもい 徒然 

向いたとき


✻ 過去詩集を差し上げます。興味ある方はご一報ください。


日々、恙無く過ごすことが
どんなに素晴らしく、幸せなことか。

アクションの楽しさは、揺るがぬ平地があってこそ。
常に小舟で翻弄される身には
漂着して踏みしめる大地の確かさが、この上ない喜びである。
またすぐに、波にさらわれるとしても。


出来なくなってしまったのか
それとも初めから出来なかったのか
もう忘れてしまったけれどもとにかく、今まで出来なかったことが出来ることに気付く。

あれ? と思う。

解らないはずの証明問題が解けてしまったような
聞き取れないはずの英会話を理解してしまったような
不思議な感覚である。

あれ? できる。
あれ? わかる。

それが『回復』という二文字に結びつくまで、若干の間があく。

ふつふつと喜びが湧く。
なんというか、地味な喜びである。
それは、今までの‥その能力を失ってから今までの‥日々の永さを物語る。
これに関する限り、軽やかに笑って喜ぶような達成感など
とうに消滅しているらしい。

それに
努力という努力はしていないのも、理由のひとつかもしれない。
していないという表現は何か違うと思うけれども、そうでなければ日々の生活、日々を生きることが努力ということになってしまう。
そこまで言うのは流石におこがましく思われる。


だけれども
どんなに些細でも回復は回復だし
どんなに地味でも喜びは喜びで
ああ 時は止まっていないのだなあ
などと、思う。

わたしという大地は、粉々に崩れ、液状化さえしておきながら
それでもコツコツと再生しつつあるのだ。
再びもとのような状態になるか、
そのときと命が尽きるときではどちらが先か、
などは
なんだかもう、どうでもよくなってきている。

ただただ、わたしという大地が、やれることをやっているという
それを実感できることが嬉しい。
本当に嬉しい。

どこまで回復するか
頑張って生きてみようとすら、思う。



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