2016年暮から2017年初頭に、韓国のテレビ局tvNで放送されたドラマ「トッケビ」。
(原題;쓸쓸하고 찬란하神 - 도깨비 「侘しく燦爛たる神-トッケビ」)
韓国国内のみならず、日本を含む東アジア圏でもかなり話題になりました。
 
ドラマ内で主人公の「トッケビ」が暮らす家として登場した雲峴宮洋館。
トッケビとは、朝鮮半島で古くから伝承されてきた「妖怪」または「精霊」といった存在で、近代以降の韓国において数多の民話の基礎となっています。
 
この、「『朝鮮』半島の伝承」が「近代以降の『韓国』」でという微妙な表現、実は意図的に用いています。
 
朝鮮半島では1392年に高麗が滅亡し、朝鮮王朝が成立します。
 
朝鮮王朝は高麗の従前の仏教重視策を廃し、儒教道徳を王朝の根幹に据えます。
「怪力乱神を語らず」の儒教道徳と中央集権化により、土俗的な伝承や民話-特に民俗信仰や仏教説話と結びつくものは軽視、或いは迫害の対象にすらなりました。
 
そのため、トッケビも朝鮮王朝下において表立って語られる事は殆ど無く、近代以降に民俗性の回復といった視点から、ようやく語られる存在となりました。
また、宗教に否定的な北朝鮮に於いては未だ無視(軽視?)されているようです。
 
ドラマ「トッケビ」の主人公は、今から938年前に生まれた高麗の武臣という設定なのですが、そのようにした意図が、こんなところからも窺えます。
朝鮮王朝時代を舞台にしてしまうと、お話を成り立たせるのが難しくなります。
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(こういう文章って疲れます。「李氏朝鮮」とするか「朝鮮王朝」とするかにも選択が必要だし、「儒教」か「儒教道徳」或いは「儒教精神」とするかにも、意図が必要です…)
 
一方、日本の妖怪さんたちの場合、各地に伝承する昔からのお話の多くは仏教説話と結びつき、江戸時代のメディア化(各種芸能や絵画等々への登場)により、その外見や特徴が体系化され、多くの人に知られる存在となりました。
 
また、1960年代の水木しげるによる体系化の功績も、忘れる訳にはいきません。
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「ゲゲゲの人生展」HPから画像を借りました。
 
とまあ、このあたりまでが前段。
 
ある日、
「韓国ドラマに詳しいこぶ~さん、トッケビって一体どういう存在なんですか?」
と尋ねられました。
 
それはなかなかに直球な質問、答えるのは結構複雑で難しいんですけど。
 
例えば、沖縄に伝わる「キジムナー」が近いかもしれない。
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キジムナーはガジュマルの古木に暮らす妖精、或いはガジュマルそのものの精霊と云われ、人との距離がとても近く悪戯好きで、キジムナーに好かれれば豊漁になり、家が栄えたりします。
その一方で虐げられると怒りを爆発させ、船を沈めたり、キジムナー火を使い火事を起こしたり、時には家を滅ぼしたりもします。
 
キジムナーをモチーフにした、沖縄テレビ放送のマスコットキャラ「ゆ~たん」。
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ドラマ「トッケビ」でも、怒ったトッケビが船を沈めたり、トッケビの炎で大小様々な物を燃やしたりします。なので結構近いと思うんだけど。
 
「キジムナーは初めて聞きました。
なのでよく分かりません…」
 
あらら、キジムナーが駄目なら、東北に伝わる「座敷童子(ざしきわらし)」とか。
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「家に幸せをもたらす話は聞いた事がありますが、
それ以上はよく分かりません…」
 
うーん、確かに座敷童子だと、家に居つく静的な雰囲気が強くて、世界に働きかけるアクティブさに欠けるかもしれない。
 
ならばいっその事、「河童」。
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「河童ですか? キュウリ好きで菜食主義なイメージだし、
何より、主演のコン・ユとの落差が大き過ぎます。」
 
いや、河童は意外と多様性があり、凶暴な側面もあるんだけどなあ。
でも、確かに水棲イメージが強いので、炎の使い手には相応しく無いかも。
 
ドラマ「トッケビ」のオープニング。コン・ユが演じた主人公キム・シン。
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ドラマ内のトッケビは無類の肉好きで、対する「ちょすんさじゃ(冥土の使者=死神)」が菜食主義者という設定でした。
 
民話上のトッケビは蕎麦が好きで、血が苦手。
従って血を連想する赤色、特に小豆が嫌いとされています。
そんなところから韓国では、魔祓いに小豆または小豆粥を撒き、冬至に小豆粥を食べたりします。
日本の節分の豆撒き(こちらは大豆ですが)や、冬至の南瓜粥と通じるものがあるように感じます。
 
赤色が嫌いなのに、ドラマ内のトッケビが肉好きなのは、かなりの変わり者設定という気もしますが…
 
ドラマを象徴する風景としてソバ畑が繰り返し登場し、重要なアイテムとしてソバの花が使われ、トッケビと蕎麦の結び付きを示しています。
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また、ドラマ内でトッケビを象徴するキャラクタが「メミルくん(そばくん)」。
周りの人が怖がらぬよう、トッケビが「メミルムク(蕎麦豆腐)」を被って変装した姿という設定です。
「蕎麦との関連は分かりましたが、
結局のところ、トッケビって何者なんですか?」
 
それでは真打に登場して貰いましょう。日本最強の半妖半神、「天狗」さまっ!
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日本における不可思議な存在の総称、その頂点と言っても良いかもしれません。
形態も変幻自在、その能力も伝説により多彩です。
 
ドラマ内のトッケビには守護神的な面もあり、半妖半神のイメージが近いかも。
 
「もしかして、知っている妖怪を片っ端から挙げてません?
トッケビはトッケビ、という事だけは分かりました。」
 
いや、決してランダムに挙げた訳ではなく、一応類似性を考えているんだけど…
水木しげるの妖怪大百科で育った世代だから、端から挙げたら大変な事に(^^ゞ
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「ゲゲゲの人生展」HPから画像を借りました。 http://mizuki-ten.jp/
 
「ところでトッケビを辞書で調べると、訳語は『鬼』ですよね。
でも、日本の鬼とはかなりイメージが異なるのですが。」
 
ああ、また難しい質問を。
韓国のトッケビと日本の鬼との類似点と相違点については、色々と複雑な問題があり、簡単に論じられるものではありません。
 
「あんにょんはせよ~ 日本を代表する、おにたんズっ!」
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いや、きみたちでは相当に力不足というか、マイナー感あり過ぎなんだけど。
 
「ぶぶ~っ!何故、儂を呼ばんのじゃ~!」
「まあまあ、宇和島の牛鬼さん、落ち着いて…」
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おっと、失礼いたしました。
 
「日本の鬼といえば、何といっても、
虎の毛皮ぱんつ!」
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ところがなんと、韓国のトッケビも、虎の毛皮ぱんつなのです(笑)
 
 
歌詞はバージョンが幾つかあるようですが、大体こんな感じ。
トッケビパンツは 丈夫です
長持ちします 丈夫です
虎の毛皮で 出来てます
二千年はいても 大丈夫
 
トッケビパンツは 汚いです
臭いもします 汚いです
虎の毛皮で 出来てます
二千年も 洗っていません
ドラマ「トッケビ」の中で、トッケビをからかうために、死神がこの曲を歌います。
そして「歌になるなんて、お前パンツに何をしたんだ?」と畳みかけます。(第2話)
 
日本でも「フニクリ・フニクラ」の替え歌、「おにのパンツ」がよく知られています。

 

おにのパンツの10年に対し、トッケビパンツは二千年。頑丈にも程があります。
 
ヨタ話ですが、実はおにのパンツには様々な続きがあると云われています。
 
「虎のパンツは 良いパンツ しなやか… 兎の毛皮で出来ている…」
「きみのパンツは 駄目パンツ 弱いぞ… 5分はいたら破けちゃう…」
他にも、兎のパンツが絹とか亀の甲羅で出来ているバージョンもあるようです。
 
はてさて、
ここでどちらが先… という類のつまらない論議をするつもりは、全くありません。
ただ、文化の混交、相互作用があった事を示したいだけです。
 
トッケビと日本の鬼の間には、虎の毛皮ぱんつの他にも、角や牙が生えている事が多い、金棒(トッケビ棒)を持つなどの類似点があります。
 
最も、ドラマ内のトッケビは金棒について、「(自分の持つ)この剣が、誤って金棒と伝わったのだ。」と主張していましたが。
 
また、金棒(トッケビ棒)は悪者を懲らしめるだけではなく、善人に対しては打出の小槌のように、福をもたらす効能も持っているようです。
 
仁川松月洞童話マウル(村)の壁画。
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「トッケビのこんぼう」というお話があります。
平凡社HP「トッケビのこんぼう」 http://www.heibonsha.co.jp/book/b162371.html
 
更にドラマ内に、トッケビは肉好きのくせに鶏(肉)が苦手という設定が出てくるのですが、「さびしがりやのトッケビ」というお話で、その理由が語られます。
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平凡社HP「さびしがりやのトッケビ」
 
トッケビのような不可思議な存在は、こんな風に時代とお話を経る毎に、様々な要素が付加され、その在り様が変化してゆきます。
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ドラマ「トッケビ」のヒットにより、「トッケビは長身でコン・ユみたいな顔立ち、悲しそうに笑う、剣の呪いにより永らえる運命を背負わされた半神」という枠組みが、何時の日か主流になっているかもしれません。
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従来のトッケビは、古い道具(箒が代表的)に強い想いや、ある種の呪いがかかる事により生じるとされてきました。
ドラマ内でも、「元々は箒だったくせに」と悪口を言われ、「(呪いが解けたら)箒に還るの?」と問いかけられていました。
 
この、古い道具に宿るある種の神性とは、日本における「付喪神(つくもがみ)」に一脈通じるものがあるように思います。
 
「ほっほっほ~、わたくしは箒の妖精~」
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箒といえば、西洋では魔女の乗り物だし、元々「何か」と結び付きやすい性質を持っているのかもしれません。
 
古い邦画などで、嫌な客が早く帰るよう「逆さ箒(穂先を上、柄を下)」を立てるという描写がありますが、これはどうやら、「箒神(ははきがみ)」と繋がるようです。
 
似たようなお話は韓国にもあり、箒を逆さに立てかけると「トッケビが出るぞ」といってたしなめるのだとか。
 
 
ところで、おにたんズ。日本の鬼の好物って何?
 
「えっ、おにたんズに、好き嫌いはありません。」
「辛いものでも、甘いものでも、どっちでも、いけるくちです。」
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「でも、般若湯は格別です~」
「銘柄と種類は、特に問いませんっ!」
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ああ、きみたちに尋ねたのが間違いだったよ…
 
日本の鬼ってイメージが多岐に渡り過ぎ、特徴が却って曖昧な印象です。
まあ、身も蓋もなく言ってしまえば、異界・異形の怖ろし気な存在は、全て鬼という名に集約されているかのようです。
 
そもそも、唐(7~10世紀)の頃から今に至るまで、大陸で「鬼」といえば、現在の日本の幽霊にほぼ近い存在です。
中国の怪奇映画によく出て来る、誰かに憑りつく美女の亡霊みたいな感じです。
もう一方の「キョンシー」は、「魂(こん)」が不在の身体の暴走でしょうか。
 
「えっ、ぼく、キョンシーくんでは、ありません…」
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一方現在の韓国では、幽霊は一般的に「くぃしん(鬼神)」と呼ばれます。
韓国の怪奇ドラマで「ちょすんさじゃ(冥土の使者=死神)」に追われたりします。
ドラマ「トッケビ」にも、死神と鬼神(幽霊)の駆け引きが登場します。
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日本で鬼神というと、「こちら側」に残る「魄(はく)」としてのイメージがある一方、仏教の守護神である天部(四天王とか二十八部衆)を指す事が多い印象があります。
 
そもそも日本における鬼とは、「鬼火」のような不可思議な現象から、「地獄の軍団」(いや、それはKISSのアルバムとかショッカーか…)、はたまた「『うる星やつら』のラムちゃん」(本当は宇宙人 古いなあ(^^ゞ に至るまで多種多様で、共通項を探し出すのはほぼ不可能かもしれません。
 
「誰かさんは、本当に小理屈が好きですね~」
「般若湯を、探し当てたですっ!」
「銘柄と種類は、特に問いませんっ!」
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全く、素直にファンタジーを楽しめばいいものを、あれこれと枝葉些末に入り込んでしまうのは、性質なのか業なのか(世代という説も一部にあるようですが)…
 
本当にきりが無いので、この辺できり上げて、っと。
 
おーい、ビールは残しておいてくれよ~。