ある古~い雑誌にRG250のデザインプロセスが載ってました。

■スズキRG250デザイン・プロセス
現代メカニズムと“伝統”の調和
「もう、2サイクルのスーパースポーツ・モデルは出ないんじゃないか・・・・・・」と思われていたこの時期に、意表をついてファンの前に登場したのがスズキRG250(輸出名GT250X7)だった。その、なぜ?というポリシーや、メカニズム的な探求は別項にゆずるとして、ここではRG250のスタイリング的な変遷をたどってみたい。(編集部)

●流麗さと武骨さと・・・・・・
スズキが商品企画的に、2ストローク250ccのロードスポーツ車を78年の目玉として捉えたのは、76年の秋だ。「これで失敗したら、2サイクルはおしまいだ」というせっぱつまった使命感は、車体やエンジン開発担当者ばかりでななく、スタイリング・デザイン担当者にそれとなくぶつけられていた。
「とにかく“走る車”というイメージで、小さくスリムな車のスケッチを描いてくれ」との設計部からの要請で、イメージ・スケッチが描き始められたのが76年11月。最初は、エンジン外観、クランク位置など、まったく不特定のスタートだった。スタイリングの基本ベースは流麗。だが、逆にレーサーのように機能本意で武骨にまとめても“速い”というイメージは出せないんじゃないか、というアンチテーゼもあった。



最初のころの代表的イメージ・スケッチが①②③あたりのカットである。①②は、どちらかといえばイタリアのMV的フレーム、タンク、シートであり、③はスーパースポーツとして一世を風びしたRG500風のテールカウルをマッチングさせている。
いずれにしても、ドラム式の前後ブレーキ、黒塗り、ストレートのエキスパンション・チャンバーなどは、よき時代のスーパースポーツの伝統を今日も継承しようと意図されたものだ。



第2段階のスケッチが④⑤⑥。前さがりで丸味をおびたタンクの④、直線を主体に現代的なセンスを感じさせる⑤。しかし、⑤のような前衛さではスーパースポーツの“味”が乏しいため、これらは淘汰され、いよいよイメージが原型となった⑥が登場してくる。
これは流麗さと武骨さの中間的な感じだが、ここで注目されるのは、インテークとエキゾーストの流れがブーメラン型につながったストーム・ラインの形成だ。完成車にあるこのラインは、この段階で確立されたものである。
~後半に続きます~