栃木三峰山登山 | ブログ始めましたⅡ

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花を求めて山歩き、毎週登山の記録です

栃木三峰山と星野の里へ行ってきた。

  栃木駅前にあるモニュメント

「路傍の石」を著した、作家山本有三氏は、栃木県出身。

 御嶽山の説明

栃木コミュニティバス「星野御嶽山」バス停で降り、倉本橋を渡って「永野御嶽神社」へ

 

神社境内に「セツブンソウ」と福寿草が咲いていた。 

 

拝殿裏の階段を登ると、祖霊殿に出る。ここから参道(登山口)を歩き始める。、

栃木三峰山は御嶽山(三笠山・烏帽子岳)・剣ヶ峰・権現山・三峰山(三角点)の総称。

御嶽山は急峻な修験参道なので、気楽なハイキングのできるコースではない。

標高は600m程度の低山にもかかわらず、過去に死亡事故が発生している。

M旅行の靴マークは2(登山初級)となっているが、3(中級)ではないかと思う。

いずれにしても滑落防止に充分な注意が必要である。

  

杉の植林帯を歩く、雨が多いのか?樹皮に苔が付着している。

整備された階段に変わり、登り切ったところが「清滝」落差は5m程度か。

空は曇っているが、気温は高く、蒸し暑い。

参道は石を積んだだけの急な階段になる、石が滑る、登りでよかった。

 

階段の左側には、「祠」が並んでいる。何のための祠なのか?

右側には行年と氏名が刻まれている、御嶽山信者の墓石なのだろう。 謎が一つ解けた。

幽玄な雰囲気が周囲に漂っていた。(凡人でよかった)

 弘法大師

御嶽は 年、空海上人の開山と伝えられている。まさに神仏混淆の至近な例だ。

 

階段を登り切り、右へ行くと正面に岩が立ちはだかっている。

どちらでも行けそうだが、右は足元が悪そうな土だったので、左へ行った。

左へ登っていくと、アルミ梯子が仮設されている、登ると「三笠山大神」が祀られている。

しかもどん詰まりだ。戻ればよかったが、岩屋を左へ迂回し、登っていった。

 剣ヶ峰

10:40 かなり危ない思いもして、大汗をかき、稜線に出た。

奥ノ院をバイパスすることになってしまった。

 手製の標識(助かる!)

稜線を西へ進み、剣ヶ峰・権現岳を下り、三峰山との鞍部へ。

ここには手製の標識が設置されていた。滑落事故の反省から設置されたらしい。

 今日のパートナー

山頂は笹に囲まれ全く展望はない。

トラロープをくぐって、眺望のあるところで昼食(例によってパン)。

晴天なら日光連山が見えるが、今日は霞がかって見えない。

「発破」音が静寂を静寂を突き破る。

 

石灰工業の作業場が俯瞰できる、残念な絵だ。

稜線の北側に設置されたトラロープは、登山者へのサポートではなく、境界線だった。

 

下山開始、分岐に戻り、杉の植林帯を下る。

雨で土が緩んでおり、滑る、傾斜も急だ。

下った鞍部に「倶利伽羅不動」が岩屋に鎮座している。

 浅間大神洞(鍾乳洞入口)

「倶利伽羅不動」からの道は、沢沿い石がゴロゴロしている。

これも歩きづらい、斜度はあいわらずきつい。

「浅間大神洞」へは分岐を見逃し、下から見上げることになった。

足場も悪い、落ち葉・朽ちた木・滑る石が行くてを塞ぐ。

 山の神

さらに下ると林道だ、里の音も聞こえてくる。

山の神を過ぎると、13:50 永野御嶽神社だ。

 狸くん

急ぎ、舗装道路を「セツヌンソウ自生地」へ戻る。

田んぼの畔で、散歩中の犬が吠えている、足を止めると”タヌキ”が絶命していた。

 セツブンソウ自生地入口

 

14:10 「セツブンソウ自生地」入口へ。

木の根一面にセツブンソウが可憐に咲いている。

 

 

 

福寿草とセツブンソウのコラボレーションです。

 マンサク

 

 蝋 梅                             素心蝋梅

 

13:45バスで栃木駅に戻り、帰途に着いた。

                   

セツブンソウ:キンポウゲ科セツブン属

セツブンソウは本州の関東地方以西に分布する、高さ10センチほどの小さな多年生草本。

山地のブナ林など、落葉広葉樹林の林床に生え、石灰岩地を好む傾向がある。

和名は節分の頃に花をつけることに由来するが、山地での開花は3月上旬となり、

節分には間に合わないようである。

セツブンソウは地下の1.5センチほどの塊茎から、数本の茎を伸ばし、不揃いに分裂した苞葉をつける。

花茎の先に2センチほどの白色の花をつけるが、花弁に見えるのは、実は萼片である。

花弁自体は退化して黄色の蜜槽となり、多数のおしべと共にめしべの周りに並んでいる。

めしべは2~5個あり、5月の中ごろに熟し、種子を蒔いた後で地上部は枯れてしまう。

マンサク:マンサク科マンサク属

 春に他の花に先駆けて咲くので”まず咲く花”ということで”まんさく”になったらしい。      
  
  また、花がたくさんつくので「豊年満作」から命名されたとも。