…………傷害事件の翌日。
放課後。
とりあえず音楽室に集まった、烈貴と莉奈を除く吹奏楽部員達は皆、押し黙り。
重苦しい空気が漂っていた。
烈貴は。
一旦普段通り登校はしたが、任意の事情聴取で夕方に警官が自宅へ来る為、部活には顔を出さず退校した。
渡辺を含め教員達は臨時職員会議の為、全員会議室に入っている。
夕暮れを迎えようとする陽射しの入る、音楽室の席に座った部員面々。
沈黙を破ったのは、美葉だった。
「………………私。
辞めます……退部します」
美葉は、泣き腫らした両眼を虚空にむけたまま呟いた。
それまで俯いていた全員が向き直る。
「何で!?
近藤さんが辞めることなんてないよ!」
「………そうだよ。
近藤さん、悪くないし」
莉奈の居る間は沈黙を守っていた、他の部員達が、次々と言葉を発する。
しかし、美葉は………
「私が悪いんです。
入ったばかりなのに、自分のワガママばかり言って………みんなに迷惑かけて」
美葉は一旦息を飲み込んで、高く声を放った。
「……だから!
だから、こんなふうに先輩達を不幸にした!!
………………みんな……みんな私のせい」
両眼から涙を溢れさせた顔が歪んでいき。
そのまま美葉は机に伏し、号泣した。
「近藤さん!」
「美葉ちゃん!」
女子部員達が、美葉の周りに駆け寄る。
トランペットとユーフォニウムに各二名、パーカッションに一名、チューバで部長の前田含む男子部員達は。
その場を一歩も動けない。
クラリネットの二年生女子部員の一人が言った。
「………近藤さんの責任なんかじゃないよ。
あなたは、私達の言いたくて言えなかったこと言ってくれた。
悪いのは、私達………………
私達に………もっと勇気があれば………」
女子部員は、号泣する美葉を抱きかかえるようにして泣き崩れた。
取り囲む女子部員達も皆、眼に涙を浮かべていた。
「…………渡辺先生。
本当に、それでよろしいんですか?」
会議室。
長テーブルの端の椅子に座った渡辺は。
顔を下に向けたまま、じっと眼を閉じている。
教頭が問いかけた。
「あの、怪我を負った男子生徒は。
身を挺して女子生徒を庇いました。
確かに、如何なる理由であれ、暴力行為は決して許されるものではありませんし、あってはならないものです。
しかしながら。
当該生徒は既に厳しい処分を課されていますし、反省もしております。
渡辺先生の言われる御決心も、よくわかるのですが。
それも、その男子生徒の回復を待ち、改めて生徒達と話し。
気持ちを確かめた上で、お決めになられてはいかがですか?」
長テーブルに並んで座る、多くの教諭も深く頷いた。
最高齢の、生活指導教諭が口を開く。
「本来、学校という現場は。
生徒を罰するだけではなく、そのことにより更生させ、立ち直らせる場でもあります。
我々の為すべき責任とは、そこにあります。
渡辺先生。
あなた御自身がお辞めになることは、決して、その責任をお取りになることには、なり得ないと思われますが」
渡辺と同じく、音楽担当の女性教諭も。
「今………吹奏楽部の生徒達は、不安で一杯のはずです。
どうか。
生徒達に寄り添ってあげてください。
そうできるのは、渡辺先生だけなんですよ」
烈貴の自宅。
先程まで居た、警官との話とは。
被害届けを出すか?出さないか?の確認であった。
外回りの仕事をしている父・正和は、何とか都合を付けて自宅へ戻って来ていた。
警官が訪問する直前。
莉奈の母親が、莉奈本人を伴って訪問して来ていた。
「この度は。
ウチの娘が大変、ご迷惑をおかけしてしまい、本当に………………
何とお詫びして良いものか………」
莉奈の母は。
黒いスーツ姿で、莉奈に似て長身で痩せた身体を深く下げ謝罪した。
手には、老舗菓子司の大きな袋を下げていた。
隣りに立つ制服姿の莉奈は、幾分頬がこけ、やつれた顔で下を向いている。
頭に包帯を巻いた烈貴と一緒に玄関へ出た正和は、笑顔を絶やさず挨拶する。
「いやぁ、わざわざ来て頂いて。
どうか気になさらないでくださいよ!
子供の喧嘩なんて、珍しくも何ともありませんから!
見てください、ピンピンしてますし!」
正和は笑って烈貴を指差す。
烈貴は"カスリ傷”と言われたことを思い出し、ムスッとする。
「そんな!
こんな大きな怪我をされて………
本当に、申し訳ありません!
お医者代も全てお払いします、どうか、お申し付けください!」
烈貴の包帯姿を見て、更に狼狽する莉奈の母。
「いやぁ、ホントにウチのセガレは軟弱者なんで!
先輩にビシバシ鍛えてもらった方がコイツの為にも、ありがたいんですよ!
これからも、よろしくお願いしますね!!」
正和は、俯いたままの莉奈へも笑顔を振りまく。
涙を浮かべる、莉奈の母。
「ありがとうございます………
本当に、どうか治療の御代はお申し付けください!
申し訳ありませんでした……申し訳ありませんでした」
何度も頭を深く下げ、相川母娘は引き上げて行った。
烈貴は………終始、俯いたままだった莉奈の心情を案じていた。
後から来た警官は。
烈貴ら高橋家が被害届けの提出の意志が無いことを事務的に確認すると、これで実質的に警察側の関与は終了した旨を告げ。
引き上げて行った。
「オヤジ」
「ん?」
「………ちったぁ、見直したよ」
「何が?」
「………昭和のやり方、ってのをさ」
「ハァ!?
何だ?急に」
そう言いながら正和は笑っていた。
一人の女の子を、身を挺して守った息子を。
正和は初めて誇りに思っていたのだった。
烈貴も。
父・正和が、この件で相川莉奈母娘を責めなかったことに敬服していた。
「オヤジに頼みがあるんだけど」
「ん〜〜?
小遣いだったら、増やせねェゾ」
「違うって!」
烈貴は、父親をガレージに連れて来た。
二度と乗るか!と誓った、RG50Eが。
狭いガレージで羽根を休めている。
「コイツって、俺んだよな?」
そう言ってRG50Eを指差す烈貴に、正和は驚く。
つい先日、バス通に切り替えると言っていた息子。
「………何だ?
また乗る気になったか?」
「ああ。
ただ、条件があるんだけど」
烈貴は、車体のハンドルとステップ、マフラーを順番に指差して言った。
「………俺には。
セパハンも、バックステップも。
スガヤのチャンバーも要らない。
全部、ノーマルに戻してよ」
「!」
手塩にかけて来た、改造部をノーマルに戻す………
正和は一瞬、怪訝そうな表情になったが。
直ぐに笑顔になった。
「………そうだな。
コイツは、もう、お前のマシンだからな。
お前の好きにすればいい」
「あとさ。
ノーマルに戻す作業、オヤジがやってよ。
………これ、オヤジのやった改造なんだからさ」
「わかった、わかったって」
正和は、ガレージの隅で埃を被って重ねられていたノーマルパーツに目をやる。
烈貴は令和のライダーだ…………
そう、自分に言い聞かせながら。
「明日は土曜だから、日曜にはテスト出来るようにしておく。
それまで、それ以上包帯がデカくならないようにしておけ!」
そして……日曜日。
その日は朝から晴れていた。
ビィーン!
ビィーン!
ベンベンベンベンベンベンベンベン
以前より、かなり大人しくなったRG50Eに跨る烈貴が部活へと向かう。
「………これからだ!
情けない自分とは、もうオサラバだ!!」
続く
〈昭和のハート&令和のスタイル・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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