〈これは私HARIMAが大学の文学部へ在籍していた頃に書いた、人生初の小説です。
本当は読み切りでゼミの文集へ発表したものでしたが。
改めて読んでみたら意外と長かったので(笑)数回に分けることにいたします。
文体・文字使い等は敢えて当時のままにしてあります〉
「旅立ち」
どしゃぶりだった。
鉛の玉のようだった。
アスファルトの微妙なくぼみは
またたくまに水たまりに変わった。
しかし、空は明るい白色をしていた。
午後一時。
日曜日。
峠の展望台。
少年は、水の弾丸を浴びながら
つっ立っていた。
そして、この銀白の空を見上げていた。
スカイラインの頂上である、この場所から見上げた視界を征服するものは。
当然のごとく空しかなかった。
少年はこの空の、やさしいまぶしさに
むせかえりそうになりながら雨の衝撃を感じとっていた。
彼の傍らに寄り添うのは
一台の黒いモーターサイクルだけだった。
少年は、この日。
スカイラインのワインディングロードを流しに来ていたのだった。
山の天気は変わりやすいのが相場だ。
モーターサイクルを操る彼の目にも
めまぐるしく走る雲の流れをとらえることができた。
ヘルメットのシールドに水滴がつく前に、ふもとへ駆けおりているべきだった。
しかし、下りにさしかかる手前で、とうとう少年とモーターサイクルは雨につかまってしまった。
少年は観念した。
頂上の展望台には雨をしのぐ小屋さえもなかったが、とにかく一服をきめることにした。
雨に打たれ、だいぶ時がたち。
彼の黒いライディング・ジャケットも、タイトなブルージーンズも、色あせたバスケットシューズも。
ぬれた光沢につつまれていた。
クリーンカットされた髪も逆立ち、雨に打たれるまま水滴をたくわえていった。
雨が止んだのは少年が展望台を去ってから約二十分、家に着いた彼がシャワーを浴びていたころだった。
16でスカイラインに通い始めた少年も19となっていた。
もっとも、生まれて初めてモーターサイクルに乗ったのは。
生まれて初めてビールを買って飲んだのと同じ13の時だった。
※昭和当時の自販機
片田舎の農家である彼の家の納屋に、土ぼこりにまみれたヤマハ・メイト50が置いてあった。
おさない頃から大人達がそれに乗るのを見ていた彼にとって、動かすことなど造作ないはずだった。
皆が寝静まった夜、彼はヤマハ・メイトをこっそり持ち出し。
旧国道へところがしていき、家から100mはなれたところでエンジンをかけ始めた。
慣れない足つきで少年はキックをおろした。
四回目でエンジンは覚醒した。
一気にアクセルをひねった。
思っていたより、ヤマハ・メイトの排気音はやかましかった。
しばらくしてヘッドライトが点いていないことに気付いたが、少年は無我夢中でハンドルにしがみついていた。
そして初めて乗るエンジン付の乗り物に畏怖の念を抱きながらもブレーキをかけることも忘れ、暗闇の中を疾走したのだった。
スピードが何キロ出ていたかもわからない。
チェンジペダルをかき上げることで高速ギアとなり、スピードが増すことまで知っていた少年だったが。
高速ギアから一気に低速ギアに落ちてしまう、ロータリー式のトランスミッションを持つヤマハ・メイトの仕組みを、彼は知らなかった。
案の定、急激なエンジン・ブレーキがかかり。
少年はヤマハ・メイトから放り出された。
道路わきの田んぼの土手で強く頭を打ち、翌朝になって自転車で巡回していた巡査に発見されるまで彼は失神していた。
それから中学校の生活指導教諭に呼ばれ、二時間近く説教されるハメになったが。
それよりも少年にとっては、久しぶりに父親から頂いた一発のゲンコツの方が、まだこたえた。
ケイ。
それが少年の呼び名だった。
ケイは実業高校の機械科の生徒で、あと数ヵ月で卒業となる。
ただし。
一年留年している、だから19。
〈続く〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
画像アプリ;Gemini

