ロードゴーイングレーサー=公道を走るレーシングカー
今でこそ、ル・マン24時間耐久レースに出場するような
「こんな車で公道を走っていいのか?」
と言いたくなる、まるで
"レーシングカーに保安機具を付けただけ”
といった様相の高性能・高価格(笑)な車を目にするのが珍しくなくなりました。
それ以前の1980〜90年代にかけても、二輪車でレーサー・レプリカというサーキットを走るマシンを模したバイクが一世風靡した時代が存在しました。

………しかし、今から半世紀以上前の1970年に。
レーサー"レプリカ”どころか、レースで勝つ為に生まれ。
サーキットを走る為に………更に堂々と公道を走る為の1台の車が。
日本の東京・荻窪から生まれ、発売されました。

日産プリンス
スカイラインGT-Rハードトップ。
型式名KPGC10。
通称"箱スカGT-R”。
〈実車の仕様〉
• エンジン: S20型 2.0L 直列6気筒DOHC 24バルブ(最高出力 160PS / 7,000rpm)
• 寸法: 全長4,330mm × 全幅1,665mm × 全高1,370mm(ホイールベース2,570mm)
• 車両重量: 1,100kg


すべての始まりは、1964年に開催された第2回 日本グランプリというレース。
当時、スカイラインを開発していたプリンス自動車工業は、レースに勝つ為に4気筒セダンのノーズを無理やり引き伸ばし、グロリア用の6気筒エンジンを搭載したスカイラインGT、型式名S54Bを投入しました。
本戦では、海外の純レーシングカーであるポルシェ904を相手に、市販車ベースのスカイラインが1周だけトップを奪うという快挙を成し遂げます。
結果は敗北したものの、これがスカG=スカイラインGT)伝説の幕開けとなり、同時に
「次こそはポルシェを完全に打ち破る!」
という強い執念が開発陣に植え付けられました。

プリンス自動車はポルシェ打倒のために。
日本初のプロトタイプ・レーシングカーであるプリンスR380を開発し、1966年の第3回日本GPで悲願の優勝を飾ります。 

その直後、1966年8月にプリンス自動車は日産自動車と合併します。
この歴史の転換によって、旧プリンス開発陣が培ったR380の純レーシングエンジンであるGR8の技術が、日産へと引き継がれました。
「この本物のレーシングテクノロジーを、次世代の市販スカイラインに移植して最強のレースマシンを作ろう」
という計画が立ち上がり、R380に搭載されていたGR8エンジンを市販車仕様にデチューン・改良された名機S20エンジンが誕生しました。 
こうして1969年2月に、世界初の市販量産24バルブDOHCエンジンのS20を搭載した初代GT-R、PGC10・4ドアセダンがデビューします。
快適装備をすべて削ぎ落とした、文字通りの公道レーシングカーでした。 

しかし、レースの世界にマツダのサバンナやカペラといった軽量・ハイパワーなロータリーエンジン勢が台頭してくると、大柄な4ドアセダンボディではコーナリング性能(旋回性)で苦戦を強いられるようになります。
そこで1970年10月、さらなる戦闘力向上のために開発されたのが、今回のミニチュアカーで紹介するKPGC10・2ドアハードトップだったのです。

ハコスカGT-RのKPGC10は、単に"足の速い高性能な市販車”を作ろうとしたのではなく。
日本のツーリングカーレースで絶対に負けない最強のマシンを、レギュレーション(市販車であること)に合わせて公道用に仕立て直したという、きわめて純粋で過激な背景から生まれた車だったのでした。

まさに………戦う漢(おとこ)の車です!
この面構えが。
まさに、それを彷彿させます!!
リア・スポイラー装着車も有りました。
4ドアセダンのPGC10より70mm短縮されたホイールベース。
このトミカプレミアムでは、黒の鉄ホイールバージョンを採用。
ギミックは左右ドア開閉とサスペンション。
スケールは1/61で手の平サイズにも関わらず………ズシリ!
と来る重量感すら覚えます!!


本牧埠頭での出会い
私HARIMAが大学4年の夏。
同じ文学部の研究室(ゼミ)の友達4人で1台の車=カローラFX=型式名E8#Hに同乗し。
行く先を横浜の本牧埠頭へとドライブしたところ、埠頭の水際に銀色の1台の車が停まっているのを見つけます。
黒いオーバーフェンダー………………

「あれって………もしかしてGT-Rじゃないの?」

誰かは忘れましたが、そう呟きました。
小学生時代をスーパーカー・ブームで過ごした少年達が高校3年〜20歳前後に成長した頃、再び車の新たなムーブメントが日本に展開します。

エンスー・ブーム。

エンスー=エンスージアスト…………
必ずしも最新・高性能のスーパーカーやスポーツカーに限らず、時代がかった古い車であっても稀少価値や味わい深い車なら持て囃され、評価する傾向。
TVでは松任谷正隆氏MCの番組であるCARグラフィックTVが放送され、コミックでは西風先生作・GT-Roman(ロマン)の連載が爆発的人気を博していました。

そうした2代にわたるカー・ムーブメントの助けを借り。
私らの世代は、世の大抵の車の名前や性能の概要を"教育”されていたのでした。

本牧埠頭で見つけた、その銀色の車は。
然程近寄らなくても私らを惹きつけるには充分なオーラを放っていました。
しかしながら………この型のスカイラインが、必ずしも"R”であるとは限りません。
勿論"R”でなくとも、発売から当時で既に20年以上経っていた箱スカは充分に価値有る車でしたが。
GT、GT-Xというグレードの箱スカの心臓部にはS20ではなくL20という6気筒OHCエンジンが積まれていました。

若い私らは………あけすけに不躾であるのは承知ながら、どうしても。
その車が"R”であるか?どうかを確かめたくて、しょうがなくなっていました。

我々は銀色の箱スカの近くにカローラFXを停めると、傍らで煙草を吹かしているオーナーらしき男性に声をかけました。

「すみません!
………これって、GT-Rですよね?」

男性は偶然にも。
漫画GT-Romanの登場人物で箱スカGT-Rを駆る、喫茶店のマスターに似た黒サングラスの方でした。

「そうですよ」

オーナーの男性は、感じ良さそうな笑顔の方でした。

「あの………エンジンを見せて頂いて良いですか?」

「いいですよ」

オーナーの男性は快くボンネットを開けて見せてくださいました。
そこには………
"NISSAN”
"2000”
と、2列に白い文字の刻まれた、朱色がかった赤いヘッドカバーが横たわっていました。

「わぁッ………………S20だッ!」

思わず声を上げた我々。

その銀色の箱スカGT-Rハードトップの外装も滲み一つ無くピカピカでしたが。
そのエンジンルームも本当に
"塵一つ無い”くらい、綺麗でした。

「………綺麗だぁ」
「………大事に乗られてますね!」

我々の声がけに、オーナーさんも満足気に頷いておられました。

私HARIMAが本物の箱スカGT-R=KPGC10を見たのは、後にも先にも、その本牧埠頭での一度きりですが。
その一度きりが、こんな美しい出会いであったことに感謝したい気持ちです。

そして……
今回御紹介したトミカプレミアム・スカイラインGT-R、KPGC10を提供くださった都内御在住のM先輩に、心より感謝申し上げます。