10月を迎え、最初の日曜日の午後。

烈貴は美葉を伴って帰宅する。


部活帰りな為、共に制服姿だ。

むしろ、この出で立ちの方が親には好印象なはず………と烈貴も少年なりに画策してのことあった。




前日の土曜日。

ダイニングキッチンで黙々と作業中の母・明美に烈貴は呼びかけた。


「あ、明日。

午後。

部活の帰りに、後輩来るから。

お菓子かなんか買っといて」


明美は背中を向けたまま、一旦動きを止める。


「………部活の、後輩さん?」


「そだよ」


烈貴は、なんてことないといった調子で返し、直ぐに階段を上がっていった。



「………待ちなさい!」


明美は大事なことを訊くのを忘れたような気がした。

吹奏楽部の後輩なのだから、相手が女子である確率も高い…………

作業の手を休め、明美は階段を駆け上がった。


「烈貴!

烈貴!?

開けなさいッ!!」


個室のドアをこじ開けようとノブを握り締めたが、直ぐに向こうから開き、烈貴が顔を出した。


「何?」


「明日来る後輩さんて、女の子!?」


「そだけど?」


烈貴は母親の血相を見、刺激しないように。

やはり、あっけらかんとした顔をする。


明美は自らの息を鎮めるよう努め。

顎を引きつつ、息子に命じる。


「………この部屋で、二人きりで過ごすつもりなら、やめなさい。

下で、お茶を飲みながら過ごしなさい!

………わかったわねッ!?」


念を押す明美だが………

当の息子の反応は予想に反し、拍子抜けするものであった。


「うん。

そのつもりだけど?

てか、オフクロにも紹介するよ。

居たら、茉莉にもね。

………なるたけ美味そうなケーキとか買っといてね」


烈貴は笑顔で告げ、ドアを閉める。

明美は………信じられないといった顔で立ち尽くしながらも、安堵の気持ちが込み上げて来るのであった。



美葉を連れて帰る為に、その日。

烈貴はRG50Eには乗らずに早めに家を出、久しぶりに徒歩で部活へ行っていた。

背負うリュックに積められた母の弁当が、いつもより重く感じられていた…………



「なんか、ドキドキして来たなぁ」


烈貴の自宅へと向かう道すがら、落ち着かない様子のカレシ兼先輩を。

歩きながら美葉は笑う。


「なんで、先輩がドキドキしなきゃなの?

自分ちなのに」


本来ならドキドキする側?の美葉は、いつもと何ら変わらない様子だ。



「ウチ………変人ばかりの家族だから。

ビックリすると思うよ」


そう、真面目に心配する烈貴の言葉に、声を出して笑う美葉。


辿り着くと………玄関脇のガレージに。

見慣れたRG50Eが、一回り大きめなバイクと仲良く並んでいるのを見つける。


(あれが、お父様のバイク?)


その、フルカウルを身にまとった400ガンマが、自分と似て太っちょに見え………美葉は思わず笑みが溢れた。

それを横目で見ながら烈貴に促され、美葉はドアを潜って行った。


「ただいま〜」


もしかしたら母は玄関で仁王立ちに迎える………と烈貴は身構えていたのだが、意外にも姿も見えず。

暫くして

"はぁ~い、上がって貰って”

と声だけが響いた。


二人は居間へと入った。


居間は、通常より片付けが行き届き、普段には無い花まで花瓶に生けられている。

更に烈貴を驚かせたのは、家に居るにも関わらず、ダイニングから顔を出した母が厚化粧をしていたことであった!


立ったまま、美葉は自分から挨拶する。


「はじめまして。

近藤美葉といいます!」


幼い頃から

"あいさつは元気にハッキリと!”

と教育されてきた美葉は、ここでも技量を発揮する。


「………!!」


明美は………驚いていた。


烈貴が初めて我が家へ連れて来た、女子。


ここに至る直前まで、息子から聞かされていた

"セックス三昧”

のいきさつから、相手は相当のアバズレと明美は警戒していたのだが。


美葉の整った身だしなみ。

短めに切られ、クセ無く清潔感を与える髪。

アクセサリーひとつ見当たらない清楚な出で立ち。

そして……見るからに賢そうな顔立ちは。

明美の予想を根底から覆すどころか、自身の持つ理想的な女子像そのものであり。

もう………これだけで"合格点”を与えたくなっていた!


「………さぁ、どうぞ、お座りになって。

今、お茶をお持ちしますからね」


一旦ダイニングへ戻る明美の満面の笑みは、演技では無かった。



「ただいま!」


居間のソファで二人がくつろいでいると、茉莉も中学の部活から帰って来た。


「!?」


"異変”に気付く。

玄関に、自分の物とは違うローファーが並んでいる。


(………ひょっとして?)


茉莉の"レーダー”が感知する。

何故か?忍び脚で廊下を進み、そっと居間を覗く茉莉。


「お邪魔してます!」


この家には自分しか居ないはずの、若い女子の声とともに。

兄の学校である◯✕高校の制服を着た、賢そうな女子生徒が自分に笑顔で会釈している。


「こッ!!

………こんにちは」


茉莉は、目が点になっていた。

明美と同じく、やはり予想外。

"女の匂い”を兄に擦り付けるイヤらしい女………そんなイメージとは程遠い真面目そうな女子生徒。


それだけでは無かった。


(この人、何処かで見た気がする………)


見覚えの有る?顔に、記憶を辿る茉莉。


「あの………違ってたら、ごめんなさい。

もしかして……✕✕中に居ませんでしたか?」


茉莉の問いに、満面の笑みで返す美葉。


「ハイ!

居ました!!」


「やっぱり〜ッ!?」


目を見開き、茉莉は美葉へ駆け寄る。

烈貴は驚く。


「何で知ってんだ?」


いつの間にか、久しぶりの笑顔を見せている茉莉と………見つめ合う美葉。

茉莉は一旦、烈貴に向き直り、まくし立てる。


「コンクールで何度も見かけたの!」


美葉と茉莉は一学年違いな為、学校は違っても同じ地域の吹奏楽部であればコンクールには少なくともニ回は同席するのだ。


茉莉は改めて、美葉へ興奮気味に話しかける。


「✕中の演奏、スゴかったですッ!!

さすが強豪ですッ!!」


「全然、全然、そんな大したことないですよ」


照れ笑いで謙遜する美葉。

完全にリスペクト顔の茉莉。


「✕中、今年も関東(ブロック・コンクール)行きましたよ!」


「あ、そうみたいだね。

でも全国までは行けなかったらしいけど………」


二人は烈貴そっちのけで、吹奏楽談義に華が咲く。


母・明美がティーカップ三つに続き、市内の名パティシエ店から取り寄せたガトーショコラ三人分を載せたトレーを運んで来るのを見ると、茉莉は声を上げる。


「ああ〜!!

わたしの分はァ!?」


「茉莉ったらッ!

おしゃべりばっかりしてないで、着替えて来なさい!

あなたの分もちゃんとあるから」


「ハァイ」


茉莉は名残惜しげに、一旦自室へ向かって行った。


茉莉の背中を見ながら、明美は呟く。


「ホントに、まだまだ子供で…………」



ずっと黙っていた烈貴も呆れた様子で、ようやく口を開く。


「アイツ、美葉ちゃんが来たら人が変わったぞ!」


吹き出しそうになる美葉。


明美も、今までのことがウソだったかのように別人のような穏やかさを見せる。


「………美葉さん?と言われましたね。

いつも烈貴が学校で、お世話になっております。

お出になった中学校も、吹奏楽で優秀な御様子ね」


「いえ………お世話なんて………私、後輩なんで!」


恐縮する美葉に、烈貴は笑う。


「いいや、完全に"お世話になってる”よ。

もう、先輩だの後輩だの関係ないし?

てかトロンボーンのスキルも完全に負けてるから、オレ。

………あ、そうそう、オフクロ。

美葉ちゃんさ、授業の成績もメチャ良くてさ、学年一位なんだよ!」


「まあ………!!

そんな方なの!?」


慌てて烈貴に訂正する美葉。


「違う、違うって!

今は落ちて、三位と五位の間、行ったり来たりなの」


「それでも五本の指じゃん?」



明美は、確信した。


(このような娘が、安直に"子作り”行動など、絶対するわけがない!

それどころか"息子の嫁候補”として、願ってもない逸材!!)



ガトーショコラと紅茶のお代わりを勧めながら、美葉を微笑ましく見つめる明美であった。



続く


〈雪どけ・完〉


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「汝我が家へ来るがよい」


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