校門脇には、小さな守衛室があった。
明美は校舎を抜け出した時のように有刺鉄線を掻い潜って、コソコソと潜り込むのをやめた。
正々堂々と、校門から戻ることにしたのだ。
守衛室の窓の向こうには、警備員の制服を着た痩せ気味の初老の男性守衛が一人座っていたが。
明美の姿を見つけると目を見開き、血相を変えて部屋から飛び出して来る。
「………香坂?
明美さん!?
二年、C組の!?」
守衛の様子は、明美の自ら予想していた通りの状況を暗示していた。
やはり………只事では済まなそうだ。
「………はい」
明美の返事を受けた守衛は、血相を変えた表情のまま守衛室に戻り、何処かへインターホンで連絡する。
そして……しきりに大きく頷いている。
また飛び出して来て、守衛は目を見開きながら明美に告げた。
「暫く、ここで待っててください!」
明美が守衛室の外に立たされ、待つこと数分。
校舎から大人が三人出て来て、こちらへ足早に向かって来る。
一番目立つのが、大柄で厳つい顔をした修道服の中年女性。
その隣りに、同じく修道服姿の痩せた無表情の女性。
その二人の少し後を、一番年若いと見られるグレーのスーツ姿のショートヘアの女性が、狼狽えた表情で付いてくる。
三人は守衛室前に辿り着いた。
大柄の女性が、明美を見下ろしながら命じる。
「付いて来なさい」
おもむろに無表情の女性が明美の右手首を掴み、引っ張って行こうとする。
それを反射的に明美は跳ね除ける。
「………一人で歩けます」
大柄の女性が明美を睨み付けたが。
黙って踵を返し、元来た道を校舎へと戻り始める。
他が後へと続く。
グレーのスーツの女性は………明美のクラス担任だった。
悲痛な表情で尋ねる。
「香坂さん!
なんで、こんなことを!?」
それにも答えず、顔も合わせようともせず歩く明美。
無表情の修道服女性が鋭い声を上げる。
彼女が学年主任である。
「私語は、おやめなさい!」
申し訳無さそうに押し黙る担任教師。
先頭を切ってズイズイ歩いて行く大柄な修道服女性は、教頭だ。
一行は校舎へ入り、揃って階段で三階まで昇り。
上がってすぐの部屋の大きなドアを開けた。
そこは会議室であった。
中に入ると………既に、いずれも修道服姿の女性のみが10名程テーブルに着いていた。
上座に居る恰幅の良い最年長と見られる女性が、入室した4名を見据える。
彼女が修道院長兼、校長である。
校長の背後の壁には、大きな祭壇のような窪みが造られ。
そこに大理石かも石膏かも分からない様相である、白い聖母マリア像が祀られていた。
明美は………そんな部屋のテーブルの最下座への着席を命じられ、正面の校長と向き合う形となった。
面子が全て着席したのを見届けて、暫し沈黙した後。
校長自らが、明美に問いかける。
「………香坂明美さん。
あなたは、自分の犯した罪を。
自覚していますか?」
明美は顔を上げずに黙っていたが。
思い立ったように、口を開いた。
「………無断で外出して………校則は、破ったかも知れません。
でも………罪を犯してなど、いません」
「ここでは!!」
校長の隣りに座る教頭が、明美の頭上に怒声を浴びせる。
「校則即ち法律なのですッ!
はしたない口答えは、おやめなさい!!」
落ち着いた表情のままの校長が、引き続き尋ねる。
「………香坂さん。
あなたは何故、無断外出をしたのですか?
正しき手続きを取り、理由によっては学校も外出を許可する用意はあるのです。
それなのに聞けば、校門すら通らずに抜け出したそうですね。
………そのような危険なことまでをして、何故?」
明美は、口籠った。
自分の正直な気持ちを、ここでブチ撒けたとしても。
誰一人わかってはくれないだろう…………
だが、その時。
明美の胸に、正和の言葉が甦って来た。
"自分に後悔しないように、ハンパ無く生きようぜ!”
"ガッコにも先公にも、絶対負けるなよ!”
明美は顔を上げ。
真正面の校長を見据えて、言った。
「………ここで………ここで自分を………自分を見失いそうだったからです!!」
会議室の一同は沈黙した。
教頭は目を丸くする。
担任教師は仰天し、口に両手を当てている。
明美は続けた。
「………だから……だから、外で自分を取り戻して。
ここへ帰って来たんです」
校長は明美と視線を合わせながら、黙って聞いていたが。
「………………わかりました」
やがて微笑み、小さく頷いた。
しかし教頭の方はというと、それを良しとせずの形相でまくし立てた。
「例え、如何なる理由であれ!
校則違反を見逃すわけにはいきませんッ!!
処分が決定するまで、あなたを自宅謹慎としますッ!!」
続けて学年主任が明美へ無表情に命じた。
「本日これから、あなたは礼拝堂で三時間、神に懺悔をなさい。
謹慎決定については、御両親に連絡をしておきます」
明美にとっては自宅謹慎そのものよりも、親に知られること、礼拝堂での退屈な三時間を思うと憂鬱になった。
夕暮れの礼拝堂のキリスト像の前に一人座り、ロザリオを握り締め。
一応"祈り”のポーズを取る明美ではあったが、当然ながら心には"懺悔”などあるわけがなかった。
頭の中は、嵐のように……いや、夢のように過ぎ去った、正和との出会いの一日でいっぱいであった。
その時はまだ、それが恋心なのか?どうかさえ気付かなかったが………
ポケットの中のカセットテープが、カチャリと音を立てる度に。
胸が躍る?明美であった。
翌日。
ゴールデンウィーク以来、久しぶりに寮から帰った明美は自宅の玄関のドアを開いた。
どちらにしても、7月の半ば。
いつもより何日か早い夏休み………に入った気分もする。
ただ………今回の帰宅は理由が理由だけに、緊張感を伴うものであった。
「………ただいま」
荷物のバッグを降ろし、屈んで靴を脱いだ明美が顔を上げた時…………
いきなり平手が飛んできた。
バチィィィン
耳鳴りがする程、強く左の頬が張られ。
思わずよろける明美は、下駄箱に頭をぶつけそうになる。
父親だった。
眼鏡の顔は、鬼の形相だ。
「………この!
親不孝者の!
不良娘がァァァ!!」
父親は仁王立ちのまま、敷居を跨ぐことも許さぬ様相にすら見えた。
奥の居間の方から、オイオイと母親の泣く声もする。
明美の父親は、三人兄弟の末っ子で上二人の兄の妹である明美に対しても、別け隔て無く?日頃から容赦無い厳しい叱責をしていた。
今現在であれば、DVか?と認定される可能性もあった。
「ぬぉぉぉぉぉ!!」
頭に血が昇った状態の父親は。
片手に明美の襟首、片手に明美のバッグを掴み。
その両方を引き摺りながら玄関、廊下を居間へと進んで行く。
その頃は金融機関に勤務していたが、それ以前は肉体労働で生計を立てていたという異色な経歴の為、父親の筋力は人並み以上であった。
父親に引き摺られて?居間へと辿り着き、そこで涙に暮れる母親と再会する。
「………明美ちゃん!!
どうしてなの!?
何があったの!?
せっかく、いい学校に入れて安心してたのに………!
お母さんは、こんな子に育てた覚えは無いよッ!」
張られた頬の痛み、引き摺られた時にアチコチぶつけた腰とカカトの痛みも癒えぬまま。
今度は母親に抱き締められ、その涙でベッチョリ濡れた頬を顔面に擦り付けられる明美。
ああ、またしても予想通りの展開!
明美は諦めの境地に居た。
父親の怒りも継続する。
「親に恥をかかせおってッ!!
せっかく躾のシッカリした学校と寮に居ながら、何だ!?
このザマはッ!?
何が、無断外出だッ!!
フザけるのも、たいがいにしろッ!!!」
真っ赤になった父親の顔と、ビショビショの涙顔を擦り付け続ける母親の狭間に置かれ、明美は。
(もう、かんべんしてくれ)
と叫びたかった。
そもそもが、明美はカトリック・ミッション系女子校など行きたくはなかった。
普通の公立の地元中学校へ進みたかった。
それが………
"自分が安心したいだけ”の親のエゴで、有無を言わされず進路を決められたのだった。
怒りの収まらない父親は、まくし立てた。
「学校から連絡があるまで、家から一歩も出ることは許さんッ!!
今夜は飯抜きだッ!!!」
母親を無理矢理振りほどき、そのまま明美は自室へ逃げ込んでドアを固く閉めた。
そんなに、私は悪いのか?
私は、ただ、この息の詰まる世界から一瞬だけでもいいから顔を出して………
"呼吸”をしたかっただけなのに。
自分の居場所なんて、もう、何処にも無い………学校にも。
家にも。
明美は、ベッドへ突っ伏した。
と………ポケットで、カチャリと音が鳴る。
「………あ!」
正和から貰った、カセットテープ。
明美は起き上がり、それをラジカセにセットする。
暫くすると軽快なサウンドに乗せられ、絞り出すようでいて……それでいて力強い、男性の唄声が聴こえて来た。
信じられぬ大人との争いの中で
許し合い一体何わかりあえただろう
ウンザリしながら
それでも過ごした
一つだけ分かってたこと
この支配からの卒業
(俺達は、戦友だッ!
ガッコや先公に、絶対負けるなよ!
親にもだ!
………支配から卒業するんだ!!)
「正和クンに、逢いたい!!」
明美は涙を溢した。
自宅謹慎の三日目に、学校から連絡の電話が入った。
明美の処分は………その三日間を含めた五日間の自宅謹慎。
ということは正味、それから二日後に復学出来ることとなったのだった。
五日振りに戻っても、すぐに夏休みの学校へ登校した日。
明美は渡り廊下で偶然、校長と会った。
頭を下げて、すれ違おうとする明美に笑顔で声をかける校長。
「香坂さん。
大丈夫?
お変わりなかったかしら?」
「ハイ………校長先生、今回は本当に。
すみませんでした」
改めて頭を下げる明美に。
校長は微笑みながら、こう言った。
「これからは。
男女の区別無く、人間として尊重し合う時代になって行くはずなの。
だから、ここみたいな女子校も、遠からず減っていくことでしょう。
残ったとしても、一人一人が持つ思いや感じ方、信念は誰でも自由で大事にされなくてはならないはずなのよ。
神様は人間が互いに縛り付け合うことなど、決して、お望みではないわ」
意外な言葉に、明美は自らの言葉を失い、校長の顔を見つめた。
後に明美も知ることとなるが。
明美の処分について当初、教頭はじめ複数のシスター系教諭らが放校処分=退学処分を主張していたのだった。
"見せしめ”
"保護者や対外へのメンツ維持”
の為であった。
しかし、それに異議を唱え。
処分を軽減し五日間の謹慎として提案した人こそ、この校長だったのである。
「香坂さん。
これからも………もし、困ったり悩んだりしたことがあったら。
いつでも校長室へ来なさいね。
いつでも、待ってるから」
明美は思わず、深く頭を下げた。
「………校長先生!
………ありがとう……ございます」
下げた顔から、廊下の床に涙の粒が溢れ落ちた。
この時、明美の胸には強い決意が生まれたのであった。
誰から何と言われようと、信念を貫いてみせる!
自分の信じた道を………
感じた思いを大事に生きてやると!!
教室で明美を遠巻きに見、陰口を叩くクラスメイト達。
「まあ……!
自宅謹慎まで受けて、よく恥ずかしげもなく来れますわね」
「ホント!
あさましいですわ」
「ああなっては、御仕舞ですわねぇ」
そんなクラスメイト達へ向け。
眉間にシワを寄せながら明美は言い放つ!
「舐めんじゃネェゾ、コラァッ!!」
一斉に顔を引きつらせ、凍り付くクラスメイト達。
中にはヒィィィ!と悲鳴を上げつつ、教室を逃げ出す者も。
「ハハハハハ!!」
愉快そうな、明美の笑いが教室に響き渡っていた。
「…………で。
今の、この人が居るワケだ。
このオレもな」
正和は。
ベッドで眠りについている明美を眺めながら、烈貴への"説明”を終えた。
「………ふ〜ん。
ま、オヤジの言い分も、その校長先生の言い分もマットーなんだろうけど………
ちょっと気合入れて受け過ぎてしまったワケなんだね、お母さんは」
ただ、一つだけ烈貴には謎が残った。
「なんか。
やたらアバズレだの泥棒ネコだの言って独占欲強いの、何でかな?」
「う〜ん………それはな、母さんはオレが初めてで………そのまま結婚したからじゃねェかな?
"他は考えられない”ってか」
「ええ〜!?
そうなんだ、マジ"純潔”じゃん!」
「そうゆうの、息子としては、どうだ?」
「まあ……別に」
だが、烈貴は少しだけ照れ臭そうだった。
正和は続けた。
「あとな………やたらグループ交際を推すのも。
自分が中・高と、ずっと女子校だったもんで、そうゆう男女和気あいあいみたいなのに憧れてるんだろうな。
他の幼稚園から大学まで、ずっとカンヅメだった連中なら逆に全然違ったんだろうけど」
「ふ〜ん、なるほど………」
いつもみたいに厳つくない母の寝顔を見ながら、烈貴は相槌を打っていた。
「………やっぱ、連れて来てみた方がいいのかなぁ」
「………お前の、女をか?」
「うん………その方が、こんな風に過剰に心配しなくて良くなくなるかもって。
一回"現物”見せてやった方が」
正和は高笑いした。
「烈貴、お前。
意外に親孝行な奴だな」
「なんだよ、"意外”にって」
烈貴は複雑な笑みを見せたが。
正和は助言?する。
「だがな烈貴、気を付けろ。
まだ、お前には分からんだろうが。
"ヨメシュー”のメカニズムってのはな、オレら野郎どもの思ってるよりも、ずっと単純で複雑らしいからな」
「………なんだよ、それ?」
烈貴の"勉強”は、まだまだ続くのであった。
続く
〈解き明かす、謎・完〉
弊ブログに素敵な画像を提供頂いている
GEKKO様のブログです♫✨
(人*´∀`)。*゚弊小説の登場人物中心の画像を展開頂いています
画像アプリ;
Gemini
YouCanPerfect
Special Thanks;GEKKO様

