男子生徒のオートバイの後ろに制服のまま乗せられ、明美は夏の海岸道路を走った。
彼の、黒くペイントされたフルフェイスヘルメットにはシールドも無く。
お構い無しに風が入り込み、明美は薄目を開けるしかなかったが。
まるで川の水のように流れていく空と海の青さは、よく見えていた。
そして……オートバイに同乗することにより、男子と身体を密着させたことも初めてとなり。
明美は自身の大胆さ?に赤面も禁じ得なかった。
走り始めて暫くすると、右脇を一台の別のオートバイが抜き去って行った。
それは明美達の乗っている車体より、一回り大きく見えた。
と………
その、明美達を抜いて行ったオートバイが前方の路上で突然、Uターンの姿勢で真ん中に立ち塞がる!
慌ててブレーキをかける男子生徒。
その反動で明美は男子生徒の背中にのしかかる形になった。
タイヤがロックしそうになりながらも、車体は捩れるようにして前方のオートバイ手前で止まった。
「………タケシ先輩!」
男子生徒は呟いた。
前方で道を塞ぎ、タケシ先輩……と呼ばれたオートバイの男は。
灰色の作業服を着、やはり黒いフルフェイスヘルメットを被っている。
違うのはヘルメットの横に
"烈流飛”(れるひ)
とチーム名であろう、真っ赤な文字が大きめに刻まれていることであった。
オートバイのサイドカバーには
"GT380”
とのネームプレートが有った。
「ケンモンだ!
コラァッ!!
そこへ寄せて、降りろコラァッ!!」
一行の止まった場所は丁度海岸線の洞門に入る手前であり、その脇にサラ地のスペースが有った。
二台のオートバイを、そこに移動させ三人は降り立った。
タケシ先輩は、身の丈190cmはあるかという大男だった。
その髪型もパーマがかったリーゼントだが、遥かにボリュームが有り威圧感を醸し出している。
眉毛は剃っていないが、眉間にシワを寄せ見下ろす眼力は男子生徒の比では無かった。
男子生徒は、まずは挨拶する。
「タケシ先輩、こないだは集会バックレてスミマセンでした」
タケシ先輩は仁王立ちで両拳を握り締め、男子生徒を睨み付ける。
「んなこたぁ、どうだっていい………
マサカズ!
テメェ………何チョーシこいてやがんだコラァッ!!」
言うが早いか、タケシ先輩の右拳が男子生徒の顔面を捕えた。
鼻から鮮血が飛び散り、身体が地面へ吹き飛ぶ。
「!!!」
明美は顔面蒼白で硬直し、悲鳴も出ない。
「立て!!
コラァッ!!」
男子生徒=マサカズの首元を掴んで引き起こし、鼻から流血する顔に自らの顔を近付け凄むタケシ先輩。
「コノヤロウが………
なに原チャリに2ケツしてやがんだコラァッ!!
ハンパこいてんじゃねェゾコラァッ!!」
二発目、左拳が顔面に炸裂し、再び吹き飛ぶマサカズ。
それを追うように馬乗りになり、タケシ先輩は首元を締め上げる。
「今年んなって………
原チャリで、後輩が三人死んでる。
三人だゾ!?
コラァッ!!
テメェみてェなハンパ野郎が、葬式増やしてんだゾ!?
コラァッ!!」
再び右拳を振り上げるタケシ先輩。
事実、1970年代末から1980年代初頭にかけて、原付=50ccゼロハンスポーツによる高校生死亡事故が頻発していた。
この時期はバイクメーカー各社(ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ)による激しいシェア争い(HY戦争など)が勃発し。
RG50Eを始め、原付でも7.2馬力に達するスポーツモデルが列挙。
法定速度が時速30kmであるにもかかわらず、ノーマル状態で時速90km〜100km近くのスピードを出すという、現代の原付(一種)では考えられない程の能力を備えていた。
にも関わらず、免許取得も50問の筆記試験をクリアすれば良い容易さと。
1986年に義務化されるまでヘルメットの装着が法律として不要であったことで、転倒や衝突時に頭部へダイレクトに衝撃を受け、致命傷に至るケースが多発。
更には概ねが初心者であるエントリーモデルでありながらクラッチ操作が必要な「ギア付き」のゼロハンスポーツは操作が難しく、技術が伴わないままスピードを出しすぎてコントロールを失う生徒が後を絶たなかったこと等が要因とされている。
「………やめて!
やめてください!!」
二人の間に割って入る明美。
「………私が……私が悪いんです!
私が、この人に、乗せてくださいって頼んだんです…………
殴るなら、私を殴ってくださいッ!!」
明美は両瞼から涙を流して懇願した。
だが………タケシ先輩には、すぐに分かった。
明美がウソをついてまで、マサカズを庇っていることを。
タケシ先輩は立ち上がり、二人を見下ろす。
「………俺はなァ。
もう、誰の葬式も出したくねェンだ………
わかれよ、コラァ!」
その表情から険しさは消えていた。
そこには………暴走族の特攻隊長として。
そして……多くの後輩達の面倒をみて来た男の責任感と、悲しみが滲み出ていた。
踵を返し、立ち去ろうとするタケシ先輩に、マサカズが声をかける。
「タケシ先輩………スミマセンでした」
タケシ先輩は立ち止まり、背中を向けたまま呟く。
「………そのコ。
泣かすんじゃねェゾ、コラァ!」
ガロロロローン!
ガロォォォォーン………
スズキGT380の、2ストロークでありながら直管集合の排気音が遠ざかって行った。
「大丈夫?」
横たわるマサカズを支えながら、自分のハンカチで鼻血を拭う明美。
「ヤメロよ!
汚れるだろが、ハンカチが」
「かまわないから」
明美は、マサカズの頭を自分の膝に載せた。
「血が止まるまで、こうしているといいわ」
マサカズは。
上を向いたままだと明美と見つめ合うことになる為、どうにも照れ臭く。
ワザとしかめっ面をしながら、横を向こうとする。
「ダメよ、ちゃんと上向いてないと」
両手で頭の位置を直そうとする明美に、悪態をつくマサカズ。
「イイッての!
ガキじゃねェんだからヨォ」
「ダメ!」
押し問答の末、マサカズは観念する。
自分を見下ろす明美の優しい眼差しに………吸い込まれそうになった。
「………済まなかったな………コワかっただろ?」
明美は首を横に振った。
「あのバイクって、本当は二人乗りしちゃいけないの?
さっきの先輩に怒られたのも………わかる気がしたわ」
マサカズは。
まずは、そこを謝らなくてはならないと慌てた。
「済まねェ………実は、そうだったんだ」
バツが悪い。
しかも、明美に看病までさせて………
顔から火が出そうな程、恥ずかしく思った。
「………ダセェよなァ、オレ」
「ううん。
バイクの後ろに乗せて貰ったの、生まれて初めてだったから。
………嬉しかった」
「………マジ!?」
明美は、笑顔を見せた。
「うん!」
少しだけホッとした、マサカズであった。
それから二人は、海岸線を歩いて戻った。
マサカズは自分のオートバイ………RG50Eを手押ししながら。
陽射しはやや、斜めに傾きつつあった。
「そう言えば、名前まだ訊いてなかったな。
オレ、マサカズ。
高橋正和」
「うん、さっき、わかったわ。
マサカズって、先輩が呼んでたから」
正和は頭を掻いて見せる。
ついで、明美が自己紹介する。
「私は、あけみ。
香坂明美」
「あけみ、かぁ。
明るくて、美しい、か」
「そう!
あけみっていうと、ほとんど、その字ばかりだから」
明美は笑う。
正和も。
「さっき、会ったばかりん時とはエれェ違いに見えるよ!
こんな明るいコだったなんてな」
「あなたも。
最初はスッゴい怖そうに見えたけど………今は全然!
小学校卒業してから同年代の男子と話したことも無かったから、そのせいもあったかな?緊張もしてたけど」
「ムリもねェよ。
久しぶりの男子が、よりによってオレみてェなチンピラだもんな!」
二人にとっては、この長い道のりも。
尽きない話のおかげで、あっという間に歩き去った感じがし、明美が駆け下りて来た坂道の入り口まで来ていた。
「じゃ、ここら辺だよな。
………黙ってガッコ出て来たんだろ?
今から戻って、大丈夫か?
オレ……一緒に行こっか?」
明美は。
思い詰めた表情になったが………それでも、キッと前を向いた。
「………大丈夫!
今日は、あなたと出会って勇気を貰えたわ。
……………一人じゃないって!」
正和も頷き、ポケットから一つのカセットテープを取り出した。
maxellの市販テープ。
レーベルの表面が無造作に剥がされ、そこにボールペンの荒い文字で
"尾崎”
と書いてあった。
「コレ、やるよ。
いつもウォークマンで聴いてたんだ。
尾崎豊って、知ってる?
ソイツのアルバムなんだ」
「………ありがとう」
カセットテープを大事そうに受け取った明美に、正和は告げる。
「明美。
オレ達は、戦友だ!
自分に後悔しないように、ハンパ無く生きようぜ!
ガッコにも先公にも、絶対負けるなよ!!
親にもだ!!
ガッコを卒業するんじゃない………
支配から卒業するんだッ!!」
「………うん!
わかった!!」
明美は背中を向け、坂道を駆け上がろうとして………振り返る。
二人の視線が繋がる。
「………正和クン!
また、あの場所で会おうね!!」
「オッケー!!」
親指を立てながらウィンクを見せる正和の背中を、真っ赤な夕焼けが覆い始めていた。
続く
〈Summer of 80‘S②・完〉
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