烈貴の両親、正和と明美が10代を過ごした1980年代前後は、校内暴力の増加に対抗するため、全国の学校で「管理教育」や詰め込み教育がピークを迎えていた時代であった。


私立進学校や伝統校も、進学実績の維持や学校の秩序(ブランド)を守るために、校則を厳格化して生徒を管理する傾向が強まっていた。

日本の教育界全体が「管理教育」に傾倒していた時期でもあり、私立の伝統的な宗教校もその影響を強く受けていた。


キリスト教系学校、特にカトリック系の女子校や修道会が母体となっている学校においては如実に、厳格な校則が敷かれる傾向が目立った。

カトリック系のミッションスクールは、外国人修道士・修道女(シスター)の厳格な生活規律がそのまま教育方針に反映され、聖書の教えに基づく「純潔」や「自己規律」を重んじた結果、厳格な校則に至ったとされる。

例えば身だしなみの徹底的な管理として、前髪は眉毛の上、後ろ髪は肩についたら三つ編みか指定のゴムで結ぶなど、ミリ単位での規定が存在。

スカートの丈は膝下が絶対で、登下校時の制服の着こなしや、学校指定のカバン・靴・靴下以外は一切認められないことが一般的であり。

男女交際・交友関係の制限として男女別学(女子校・男子校)が多く、異性との交際は原則禁止、または厳しく制限されているケースが多かった。

他校の生徒との私的な交流や、異性が集まる場所への立ち入りが発覚すると、停学や退学処分になることもあったくらいである。


明美の通っていた、県内では唯一のカトリック系幼稚園・小・中・高・大一貫女子校も。

まさに、その時代背景の影響を強く受けていたのだった。

幼い頃から異性=男子と隔離され"純粋培養”されたまま思春期を過ごし、"純潔”を保ったまま大人となる………

そうした縛りを永く生徒達に与えながら、教育方針は

"良妻賢母となる女性を育成する”

というのだから、失笑以外の何物でも無い。


全寮制で、下校時に友人達と飲食店に寄るなども禁止。

買い食いも禁止。

映画を観に行くなども禁止。

禁止、禁止、禁止…………


我が子の"完全安全管理”で親達は安心しきり、喜んでいた。


明美の周囲の全く変わらない面々、そのほとんどが、自分達の置ける環境に疑問すら感じなかったという。

そこに一貫校の管理教育の恐ろしさがあった。


明美は中学校=中等部からの編入であった為、辛うじて学園内部の異常さに気付いてはいたのだが、それでも思春期のさしかかり。

ともすれば"洗脳”されかかっていた。


しかし明美の本心は、息が詰まっていた。


ある日。

クラスメイトの女子の一人が、下校時に駄菓子屋であんパンを一つ買っていたことが発覚、校則で禁じられていた"買い食い”に当たるとし。

停学処分となった。


クラスでは、誰も弁護する者は居なかった。


「校則を破ったのだから、当然ですわ」


「買い食いなど、はしたない」


「左様ですこと」


使用する言葉すらも制限される少女達。

挨拶も

"ごきげんよう”

で統一。



明美は、限界だった。



夏休みを目前とした、ある平日の昼休み。


明美は制服のまま、学校を抜け出そうとした。


出入り口は、校門一つしかない。

しかも、そこには随時守衛が立っており、授業中の出入りは教員の許可が無い限り不可能。

そこで明美は………予め、校舎を囲む有刺鉄線の囲みの緩そうな箇所を調べ。

スカートの裾を引っ掛け、ヤキモキしながらも"脱出”に成功する。


後は……アスファルトの町道を走りに走った。

まるで"脱獄囚”そのものであった。



住宅街を抜けると緩やかな下り坂に入り、その道は海岸へと続いていた。


途中、坂道で脚がもつれ、前のめりで転びそうになりながらも。

明美は息を切らし、砂浜へと辿り着いた。


「…………!!」


眼前に広がる、広大な海。

打ち寄せる、白いさざ波。

空にはウミネコが、白く大きな翼を広げながら鳴いている。


その光景を目の当たりにし、明美は歓声を上げる。


「うわああああああッ!!!」


しかし、明美は無意識に口を塞いでしまう。

校内では大声を出すことも

"はしたない”

と禁じられているからだ。


砂浜に座り込む明美。

スカートに砂が付こうが、構わない。

打ち寄せる波の音と時折頬を撫でる潮風が、心を洗ってくれるようで。

明美は思わず笑顔になった。


ふと、尻に硬い物を感じ、見てみると………

綺麗な模様の巻貝の貝殻が。


明美は手に取り、砂を払って眺める。


「………綺麗」


貝殻を片方の耳に当て、そっと瞳を閉じてみる。

幼い頃、そうすると波の音がする………と、どこかで知ったからだった。


だが。


聞こえて来たのは、別の音であった!


バィィーン!

バィィーン!!

ガラガラガラガラガラガラガラガラ


聞いたことの無い"騒音”に驚いた明美が振り返ると…………

砂浜から程近い駐車スペースに、一台の青いオートバイに跨った真っ黒のヘルメットを被る男が居た。

見ると、明美の見たことの無い変わった形の学生服(学ラン=短ラン)を着ていた。


男はヘルメットを脱ぐと明美の方を向き。

オートバイのエンジンを止めた。


「!!」


明美は、悲鳴を上げそうになった。


男の髪はパーマがかったリーゼントで、生え際はソリコミで尖っており。

顔には眉毛が無かった………いや、正確には眉毛も吊り上がり気味に剃っていた為、遠くからは無いように見えたのであった。


(………ふ、不良!?)


生活指導の授業の際、話には聞かされていたが自分には無縁と考えていた"不良”?と実際に対峙した明美は。

恐怖で怯え、身体も硬く、声も出ない。


そんな明美にも、お構い無しに。

男=男子生徒は吊り上がった剃り眉毛の顔でニカッと笑い、近付いて来る。



(キャアァァァ!!

来ないでェッ)


明美は、出せない声で叫ぶが………



「ヨォ!

カノジョ!!

ヒマなん?

オレと遊ばない!?」


相変わらずニカッ!とした笑顔のまま、目を細めて男子生徒は声をかける。

明美はブルブル震えたまま、ただただ黙って身を硬くする。


ようやく明美の様子に気付いたのか、男子生徒は首を傾げる。


「ん?

カノジョ、あんま見ねぇ制服だな。

なんかマジメそうだし?

…………あ、大丈夫大丈夫、オレ、怪しいモンじゃねェから」


充分怪しい!!

明美は、そう思った。


構わず話しかける男子生徒。


「どしたん?

震えてるけど………どっか具合悪いの?」


男子生徒の表情が本当に心配そうに見えた明美は、少しだけ気持ちに余裕を取り戻す。


「…………あ、あの………校則で禁じられている………んです………他校、とか………男の人………と話したり、する……の」


「な、なんだって〜?」


驚愕する、男子生徒。


「なんちゅうガッコだよ、そりゃ~!!

オトコと話すのもダメなんて校則?

そんなのアリかよ!?

ドコだよ?キミのガッコ」


明美は………答えないと、何をされるかわからない!と危惧し。

仕方無く学校名を告げる。


男子生徒は一旦顔を背けた。


「………待て?

なんか聞いたコトあるぞ。

………あっ、そうそう!!

メチャクチャお嬢様学校じゃん!!」


目を見開き、驚いているのか感心しているのかわからない男子生徒の顔が怖くて、明美は目をつぶる。


「でもヨォ………そんなキビしいガッコの子がさぁ。

こんなとこで何やってんの?」


ふと明美は顔を上げる。

心なしか………今までより普通に見えて来た、男子生徒の眼差しに。

明美は少しずつ、落ち着いて来た。


「………実は」


まさしく脱獄して来た囚人のような気持ちになり。

明美はポツリポツリと、これまでの経緯を話した。

明美が話をしている間、男子生徒はしゃがんで同じ目線のまま。

時折頷きながら黙って聞いていた。


聞き終わった男子生徒は、おもむろに呟く。


「………ヒデェガッコだな。

ガッコもそうだが、まわりの奴らも同じだな」


彼は拳を握り締め、立ち上がった。


「だいたい、パン買ったくれェで停学だぁ!?

フザけてんじゃねェゾ!!

クソ先公!!

オレが行って、シメてやるッ!!」


男子生徒は踵を返し、青いオートバイに向かおうとした。

明美が引き止める。


「待って!

これは、どうにもならないことなのッ」


それでも向かおうとする男子生徒。


「オレもなあ!

ずっと先公どもにはムカついてんだッ!!

なんでもかんでもオレ達を縛り付けやがって!!

テメェらのタテマエばっかでヨォ!!

ナメんじゃねェッ!!

コノヤロウッ!!!」


暴れる男子生徒にしがみつきながら、明美は何故か涙が溢れていた。


さっきまでは怖くて仕方無かった、この男子生徒が。

自分の本当の気持ちを、代弁してくれている………初めて、わかってくれた人になっている。


「………もう、いいから………あなたまで、処分されて欲しくないッ!!」


二人が出会ってから、初めてハッキリと大きな声を出した明美。


男子生徒の動きが止まる。


「………オマエ。

泣いてんのか?」


振り返ると、明美は真っ赤な眼をしながら唇を噛み締めている。

頬が光っている。


男子生徒は、少し寂しげな笑みを浮かべて呟いた。


「オレみてェなチンピラの為になんか、泣くなよ」


その言葉に反し、明美は号泣し始めた。


それは………それまで明美の中に積もり積もっていた、理不尽、不条理な出来事への思いを洗い流すかのような涙だった。


男子生徒は、明美を抱き寄せた。

明美の嗅いだことの無い、学ランの匂いがした。



「………乗ってみる?」


男子生徒は、青いオートバイのエンジンをかけた。

ガコンッ

バィィーン!!

バィィィーン!!

ガラガラガラガラガラガラガラガラガラガラ


明美は、そのオートバイについて名前も排気量も………何も知らなかったが。

黒いヘルメットを被せられ、後ろに乗るように勧められると、何故か?断る気になれなかった。


思いもよらず男子生徒の背中が、頼もしく見えたからだ。


"腹の前に手を回して、シッカリつかまってろ”

と言われ。

心の準備の間もなく、オートバイは走り出した。

不思議と排気音は停めてある時よりも気にならず、代わりに、もの凄い勢いで周りの風景が流れていくのを感じた。


(こんなところ見られたら、即退学!

それに、お父様もお母様も、きっと気絶するわ!!)


そんな思いが明美の頭をよぎったが、すぐに潮風とともに吹き飛んで行った。



続く


〈Summer of 80‘S①・完〉


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