陽が傾いている。
J市は海が近い。
海沿いの港街と、隣接した小高い丘陵に囲まれる街とが昭和の末期に合併し現在に至る。
文化会館は、その内のギリギリ丘陵側の街中に、市役所と道を挟んで建っていた。
館内の西側の窓は自動カーテンによって陽が遮られ始める。
アナウンスが響き渡った。
「ご来館の皆様、ならびに吹奏楽コンクール出場校の皆様に申し上げます。
午後4時より、館内大ホールにて本日の審査結果発表ならびに表彰式を行います。
出場校の代表者の皆さんは大ホール、ステージ袖へお集まりください。
また、客席の皆様も、お近くのお席へお着きになってお待ちください」
館内に散らばっていた◯✕高校吹奏楽部員達も、この時間に合わせて大ホールへ集合していた。
「部長、またよろしくお願いしますよ」
笑顔の部員達に背中を押され、前田が席を立つ。
「………まあ、結果オーライだな。
何事も」
ゆっくりと前田は、ライトアップされているステージ方向へと歩いて行く。
程なくして、各校の代表者がステージ上に出揃う。
「………大変お待たせいたしました。
只今より、第△〇回 県吹奏楽コンクール兼関東吹奏楽コンクール代表選考会、高等学校Bの部、審査結果発表ならびに表彰式を執り行います。
まず初めに、審査員の先生方をご紹介いたします。ステージ向かって左手より……」
スーツ姿の女性司会者がメモを読み上げる中、部員達と共に観覧席に座る烈貴と美葉は手を握り合う。
もう、言葉を交わさずとも互いの思いは伝わる。
読み上げられる結果が、どのようなものであっても。
二人の………そして、◯✕高校吹奏楽部の向かうべき未来は定められるのだ。
「それでは………
只今より、審査結果の発表を行います」
部員達は。
皆揃って、輝くステージの灯りを見つめる。
「プログラムナンバー、1。
私立M高等学校…………………」
(牧村!)
かつての仲間、牧村朋乃の学校の結果を見届ける為。
美葉は耳を澄ませる。
「…………ゴールド、金賞!」
ウワァァァ!と、自分達より前方の席の塊が沸く。
(一先ず、金か)
美葉はM高校が狙うのは県代表と知ってはいるが、第一関門突破を祝福する。
◯✕高校のアナウンスも、次の次だ。
「プログラムナンバー、2。
県立△△△高等学校…………」
静まり返る。
「…………銀賞!」
今度は美葉達のすぐ背後から、大きな溜息が聞こえて来る。
いよいよ、次だ。
「プログラムナンバー、3。
県立◯✕高等学校………………」
烈貴と美葉の握り合う手の力が、強くなる。
未来への扉が開かれる瞬間を迎える、互いの胸の鼓動が響き合う。
二人の席の周りから、息を飲む音が聞こえて来る。
「……………ゴールド、金賞!」
キャアアアアアアアア!!
木管パート女子群が、叫声を上げ椅子から跳び上がる。
トランペットとホルン、ユーフォニウムの男子が立ち上がり、拳を高く突き上げる。
ステージ上の前田は、一見落ち着いた様子で表彰状を受け取るが………
再び列に並んだその顔は、涙で濡れていた。
烈貴と美葉は席に座りながら、その様子を静かに見守っていた。
地区コンクール時と同じく、部員達から離れた場所から結果を受け止めた渡辺は。
この時も微動だにしなかった。
出場校の表彰が全て終了し、最後は関東コンクールに向けた県代表校の発表である。
烈貴達◯✕高校、牧村朋乃のM高校含む金賞受賞校の内。
関東コンクールへ行けるのは4校だ。
前方の、M高校の座る席から朋乃がこちらへ振り返る。
美葉と目が合う。
笑みが溢れていた。
美葉も、手を振って応える。
「続きまして、関東吹奏楽コンクールへ出場する、県代表校の発表を行います」
ここでもプログラム順にコールされる為。
順当なら、M高校が先に呼ばれるだろう………
美葉は耳を澄ませる。
「プログラムナンバー………………」
静まり返る大ホール。
「……………5番、私立Z高校!」
その瞬間。
美葉の身体から力が、すうぅ……と抜けた感じがした。
朋乃の方を見た。
俯いているように見えた。
M高校の生徒達は皆、うなだれていた。
「…………惜しかったね」
ふと、隣りから烈貴の声が聞こえる。
向き直ると、普段通りの優しい笑顔があった。
「………ま、上出来上出来!!」
「いや、出来過ぎじゃね?」
「ハハハ!
県大会で、金だ、金!!」
県代表にはなれなかったが、◯✕高校吹奏楽部員達は皆、明るい笑顔で満ちていた。
美葉も頷いていた。
「………うん!
今の私達で、最高の結果が出せた。
これ以上無いコンクールだった!!」
…………渡辺は、ロビーに出て学校へ電話した。
「………県大会で金賞受賞で、終了いたしました」
電話の向こうの校長が答える。
「お見事です!
生徒達を労ってあげてください。
………我が校、始まって以来の快挙ですね。
9月初登校日に、改めて全校へ報告するようにいたしましょう。
大変、お疲れ様でした!」
この年度、県立◯✕高等学校吹奏楽部のコンクール成績は。
地区コンクール金賞受賞と地区代表選出、県コンクール金賞受賞という形を残し終了した。
会場からの撤収作業を完了し、バスへと乗り込む直前。
◯✕高校の面々は、円陣を組んだ。
途中退部した莉奈に代わり、ファースト・クラリネットリーダーと木管パートリーダーの役割を兼任して来た三年生の吉田翡翠は。
瞳に涙を湛えながら、美葉と向き合った。
「近藤さん。
あなたが来てから、この部は変わった。
いや………あなたが、この部を変えてくれた!
ホントに………ありがとう!!
私達三年に………こんな、素敵な思い出を作ってくれて………」
思っても見なかった謝意を表されて、美葉も感極まった。
あの日、莉奈に敵意を叩き付けられたのも、自分の出過ぎた態度が招いたものと懺悔していた。
莉奈だけでなく、烈貴を除いた部員全体の反感をも買っているのではないかと悩む日もあった。
それが今………
吉田の一言で美葉は。
初めて、この部の仲間に入れて貰えた気持ちになれたのだった。
「………吉田先輩!」
美葉は、吉田と抱き合って涙を流した。
他の女子部員達も皆、泣いていた。
「………俺達も。
これで安心して卒業出来るな」
前田が、鼻を啜った。
烈貴は、大きく頷いていた。
「俺達の新しい歴史が、今、始まったんだ!!」
帰り際。
M高校生徒達がバスを待つ場所へ、美葉は歩いた。
朋乃を見つけた。
朋乃は、瞳を泣き腫らしていた。
「………牧村。
また来年、必ず会おうね!」
朋乃は美葉に向き直り、円縁眼鏡の位置を正しながら。
笑ってみせた。
「………うん、近藤!
また絶対会おうね!!」
二人はどちらからともなく、固く手を握り締め合った。
お盆を間近に控えた、夏の夕暮れの空に。
この年初めての赤トンボが飛び始めていた。
続く
〈吹奏楽部の夏・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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