2ストローク・エンジンには、オイルが二種類使われている。
変速機=トランスミッションに使用されるミッション・オイルと、所謂エンジン・オイルと言われるものだが。
ここが現在通常の自動車等に使われるエンジン・オイルと異なる部分となる。
自動車エンジン=ほとんど4ストローク・エンジンに使われるエンジン・オイルは、定期的に"交換”するものだが。
烈貴や正和の乗る2ストローク・エンジンを積んだバイク等のエンジン・オイルは、そうでなく。
内部を潤滑すると同時にガソリンと一緒に燃焼される為、燃料同様に減っていく………故に常に残量を点検し、"継ぎ足す”必要がある。
RG50Eのオイル警告ランプが点灯したのは、まさに県コンクールの前日の朝、部活へ向かおうとするところだった。
「危なかった!」
これがコンクール当日………いや、今日の部活帰りだったとしたら…………
そう思うと、烈貴はゾッとした。
幸いにも、父親の愛機・ガンマ400も2ストローク・エンジンの為、ガレージには専用オイル缶が常備されている。
部活を少々遅刻するのは仕方無いとして、烈貴はRG50Eのオイルタンクのキャップを外し。
上限レベルまでオイルを注入する。
タンクの中は、空になる寸前であった。
「後で買い足しとけよ!」
背中で、父・正和の声がする。
オイルレベル(残量)のチェックは欠かさないよう、気を付けていたはずの烈貴であったが。
つい…………おろそかになってしまっていたのは、理由が有りそうだった。
妹・茉莉の県コンクール中学B部門が終わっていた。
結果は………「銀」だった。
会場から帰宅するやいなや、茉莉は自室に籠り、夕食時にも降りて来なかった。
中学時代最後のコンクール。
それを有終の美と出来なかったことを、茉莉は心底落胆していた。
「そっとしてあげなさい」
だからということもあるのだろうが、母親・明美は茉莉には優しい。
烈貴の時代、その中学は………
県コンクール出場など夢のまた夢、やはり"地区大会万年銀”が続いていたし。
それが普通だった為、然程ショックでも無かった。
そもそも吹奏楽は団体、自分一人ではどうにもならないことだし………と、自身に納得させていた。
しかし。
この年の烈貴は違った。
"地区大会万年銀”から、一歩も二歩も踏み出す世界を経験し。
精神的にも成長していた。
そんな烈貴は茉莉の落胆ぶりも理解出来た上、"明日は我が身”とも感じていたのだった。
ここまで自身を高めてくれた存在、美葉の"夢”の為にも。
吹奏楽というものを、おろそかにしてはいけない………………
そう、烈貴は背筋を正すのであった。
しかし、そうは言っても。
部活に集中しているつもりではあるが隣りに座る美葉は、尊敬する後輩でありながら"恋人”でもある。
全体通し練習の前、束の間のパート練習中。
ふとしたことで手と手が触れる………
息遣いが伝わる………
そんな些細なことで、ときめいてしまうことがある。
少なくとも県コンクールが終わるまでは"禁欲”!
そう自身に言い聞かせる烈貴だが………当の美葉は余裕があった。
部活の後、相変わらず美葉は駐輪場まで烈貴を送っていた。
その道中、その場で交わされて来た
"蜜月タイム”
の誘惑を必死で堪えている烈貴に、美葉は聖母のような顔を向ける。
「………いいよ。
こうした方が、私もリラックスできるし」
夕闇の中で美葉は、自ら烈貴に身を寄せて来る。
美葉には、ハードな練習の後で烈貴に甘く可愛がられることで。
ストレスを解消し、コンクールまでの日々に"規則正しい”メリハリを得る………そんな狙いがあったのだ。
(私って意外とベタベタするの、好きだなぁ)
烈貴と付き合うまでは、ほとんど興味の無かった占いや血液型などにも関心を持つようになった美葉。
自分の星座と血液型では
"常に相手と一定の距離を取りたがる、それを尊重してくれる相手でないと………”
なはずのだが。
現状を見ると、むしろ烈貴とのスキンシップが無いと精神的に不安定にさえなりそうな自分が居たのだった。
「………先輩」
「………ん」
「………クセに、なっちゃう」
烈貴の優しい指と唇。
言葉、息遣いで。
骨抜きにされそうな快感に、身を委ねる美葉。
練習での疲れや緊張も、ものの見事に癒され、それが翌日への活力にもなっていく。
烈貴が美葉に対して、そうであるように。
美葉は烈貴に………心底、感謝していた。
続く

〈変化・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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Gemini
Special Thanks;GEKKO様