烈貴達の学校の演奏が終わると、コンクールは間もなく正午を迎え、昼休みに入った。
午前中に演奏を終えた出場校の生徒達は、到着当初のロビー指定場所にてランチタイムとなる。
持参した弁当を広げる者、会場から歩いて程無いコンビニへ買い物に向かう者………様々である。
烈貴と美葉はロビーで他の部員達と顔を合わせながら、弁当を食べ始めた。
二人は普段から学校の屋上などで昼食を共にしていたが、この日の昼食は格別であった。
持てるものを出し切っての、演奏の完了。
もう、それだけで充実感と解放感に浸ることが出来た。
後は…………
夕方、地区コンクール全出場校の演奏終了後に行なわれる、結果発表を待つだけである。
成績は評価別に金賞・銀賞・銅賞に分けられ。
更に金賞の中から、上位大会の県大会へと進める代表校が選出される。
そして……その映えある県大会への出場を決めるのは、五校のみだ。
烈貴達の◯✕高校吹奏楽部は過去に、この地区コンクールの段階で銀賞以上を獲得することは一度も無かった。
言わば"県予選での一回戦負け”が続いている………というわけである。
そうした部に、本来であれば吹奏楽で上位の高校を狙えるスキルを持った中学から入って来た美葉を、誰しも訝しげに思ったのは必然とも言えた。
しかし美葉には、理由があった。
この◯✕高校には、県内の普通科高校では稀有な医療専攻プログラムが、二年生時から設定されていた。
この教科は将来、看護師、薬剤師、理学療法士などの医療従事者を目指す生徒に向けたもので、医療分野の専門家を招いて教育を受けたり、地元の総合病院や市立病院等で医療現場を体験するといったカリキュラムが為されている。
美葉は、まさに。
そうした医療従事者となる進路を視野に入れ、その近道として入学して来たのであった。
このことを彼氏である烈貴に話したのも、つい最近のことであり。
聞かされた烈貴は尚の事、美葉をリスペクトするようになった。
「美葉ちゃんが、この学校選んでくれたこと、スゴく嬉しい。
でなきゃ………
出逢えてなかったもんな」
以前。
夜の駐輪場で美葉を背中越しに抱き締めていた時、烈貴は囁いていた。
美葉も自分に回された烈貴の腕を撫でながら、虚ろな瞳のまま笑みを見せ。
そのまま唇を求めた…………
ふと、そうした烈貴との逢瀬を思い出し。
ウットリとしてしまっている自分に我に返り、赤面することもある美葉であった。
当初、この部を全国大会まで行かせるのが目標………と、息巻いていた自分が居た。
だが、今、ここに居る美葉は。
このコンクールでの賞が、何色だったとしても………悔いはないと思った。
クラスの一軍女子・愛香の一方的な"投げかけ”なども、とうに忘れていた。
自分を、大事にしてくれる人が居る。
自分を、必要としてくれる人が居る。
自分を、愛してくれる人が居る…………
美葉は、それだけで充分に。
身も心も。
満たされていた。
午後の部の演奏を観覧席で聴きながら。
横の席に座る烈貴に身体を預け、美葉は眠っている。
そんな烈貴もまた、瞳を閉じていた。
全出場校の演奏が終了した。
結果発表までの間の暫しの時間、出場校の生徒達は全員学校ごとに固まりつつ、大ホールの観覧席に座って待つ。
場内アナウンスが入る。
「ご来場の皆様、ならびに出場校の皆様に申し上げます。
これより5分後に、本日の審査結果発表ならびに表彰式を行います。
出場校の代表者の皆さんは、速やかにステージ袖へお集まりください。
また、客席の皆様も、お近くのお席へお着きになってお待ちください」
部長の前田が。
大柄な身体を重そうに座席から持ち上げ、歩いて行く。
部員の皆が、前田の広く大きな背中を目で追う。
ほどなくしてステージ上に、県央地区コンクールB部門出場20校の代表生徒が整列した。
ホールの照明が少し、暗くなる。
アナウンスが入る。
「………大変お待たせいたしました。
只今より、第〇〇回 県央地区吹奏楽コンクール、高等学校Bの部、審査結果発表ならびに表彰式を執り行います。
まず初めに、審査員の先生方をご紹介いたします。ステージ向かって左手より……」
隣り同志に座った烈貴と美葉は、自然と手を握り合う。
美葉が少しだけ、身体を烈貴に寄せる。
「それでは、審査結果の発表を行います」
観覧席の出場校生徒全員が目を見張る。
泣いても笑っても受け止めなくてはならない、非情な瞬間が訪れようとしている。
「………プログラム一番、県立 〇〇高等学校……」
静まり返る。
該当校の生徒が、息を飲む瞬間。
「………ゴールド、金賞!」
途端に、遠くの観覧席から"キャー!!”と叫声が聞こえる。
見ると、該当校の生徒達が仲間と抱き合いながら飛び跳ねている。
発表は続く。
「………プログラム二番、私立✕✕高等学校……」
再び、静まり返る。
「………銀賞!」
先のような叫声は聞こえて来ない。
該当校の生徒達は神妙な様子で席に座ったまま、結果を受け止めている。
涙ぐむ生徒も居る。
三年生部員の高校時代での挑戦は、この時点で終わりを告げる。
このようにして、悲喜こもごもの審査結果発表は進み。
いよいよ烈貴達、◯✕高校吹奏楽部の結果発表を迎えた!
「………プログラム五番、県立◯✕高等学校……」
部設立以来、地区コンクール銀賞以上の結果を出したことの無かった、歴代の◯✕高校吹奏楽部。
果たして今回、その歴史を塗り変えることが叶えられるのか?
烈貴と美葉だけでなく、席に座った部員達全員が手を繋ぎ合い。
固唾を飲んで、アナウンスの次の言葉を待ち受ける。
その時間は、長く………長く感じた。
そして………審判が下った。
「…………ゴールド!
金賞!!」
その瞬間。
部員達の時間が止まった。
部員達から遠く離れた観覧席三階部で、立って腕組みをしていた渡辺の目が。
見開かれた。
アナウンスが審査結果を告げ、ゆうに三、四秒は経っただろう。
普段は"のほほ〜ん”としているテナー・サックスの二年生南雲が、これまで見せたことの無い引きつった顔で大口を開けて絶叫!!
それを合図にするかのように、他の部員達も叫声を超えた絶叫で跳び上がる。
抱き合うのも忘れ、ほとんどの部員が拳を突き上げる!
フルートとピッコロの女子部員は、席に座り込んだまま立ち上がることが出来ず、ただただ呆然としている。
ステージ上の前田が代表者として表彰される姿を見つめながら、クラリネット三年生女子の吉田は一人、涙を流していた。
烈貴と美葉は。
席に座ったまま互いに見つめ合い、微笑んでいた。
「………おめでとう!」
そう、烈貴が告げると。
美葉は烈貴の胸に顔を埋めた。
渡辺は未だ、喜ぶ様子を見せなかった。
「地区代表の発表が、まだだ」
彼の志は、口だけではなかったのである。
出場校全ての金・銀・銅各賞の発表を終えると。
いよいよ今度は金賞受賞校を対象とした、県コンクールへの出場キップを手にする地区代表校の発表である。
「もう、これで上出来だよね」
「ウンウン!
ウチらの代で万年銀賞から脱皮出来ただけで、奇跡だよ」
もう、これ以上は望まなくてもいい…………
そうした声が部員達から聞こえて来る中。
最終審査結果発表のアナウンスが始まる。
「続きまして、関東吹奏楽コンクール県代表選考会へ出場する、地区代表校の発表を行います」
大ホールは、再び静寂に包まれる。
自分達は力を出し尽くした………その結果、金賞を獲得出来、歴史を変えることも出来た。
もう、それで充分…………
そんな無欲な◯✕高校吹奏楽部員達だったが。
「………プログラム五番、県立◯✕高等学校!!」
心の準備も無かった為、初っ端から耳にしたアナウンスを誰もが疑った。
「………え?
今………呼ばれたの、ウチらだよね?」
「………う、うん、そう聞こえた」
「マジで!?
ホントに!?」
再びステージ上に上がり表彰される前田の姿を見て、初めて地区代表として県大会出場権を得たことを実感する部員達!
「………やった、マジで」
「県大会……だよね?
県大会!」
「ウン、県大会!!
ヤッター!!」
ワンクッションもツークッションも置いて、抱き合う。
先程の"初の金賞”の感動で大満足した後の為か、喜びを"噛み締めている”感のする皆であった。
渡辺が、ようやく降りて来て。
部員達の輪の中へ入って行く。
B部門県央地区代表として県コンクールに出場が決まったのは、烈貴達◯✕高校含め、五校のみであった。
「………夏休みの日数、減っちゃうね。
あ、嬉しい悲鳴(笑)」
帰りのバスの中。
美葉は隣り座席の烈貴に肩枕しながら、呟く。
「県大会は8月お盆前だから。
すぐだよ」
「………県大会も、勝ち残ったら?」
烈貴の顔を間近にして、美葉は見つめる。
心地良さそうな疲れの見える笑顔が、可愛い。
「………フフ、デートの約束のこと?」
「………そ」
烈貴は美葉を抱き寄せる。
「………大丈夫だよ。
渡辺なら御褒美のオフ日くらい、くれると思うし」
「そっかな………」
「うん、きっと………」
そう言って烈貴は。
口づけを待つ美葉へ、唇を重ねた。
観光バスの高い座席と。
これまでの疲れが出て眠り呆ける部員達のおかげで、気付かれないまま。
地区コンクール帰りのバスは凱旋であり、二人の愛の時間となった。
真夏の夕陽は、まだ沈みそうにはなかった。
続く
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
画像アプリ;
Gemini
Special Thanks;GEKKO様
