ロビーで待つこと、一時間弱。
既に、烈貴達の前順の出場校の演奏は幾つか終えていた。
誘導係員の男性が、チューニング室へ向かうよう告げる。
烈貴達のチューニング室に割り当てられたのは、市立劇場三階にある大会議室。
チューニング室では本番約15分前までに、音出し・基礎合奏で楽器を温め、全体の音をなじませ。
全体のピッチ(音の高さ)を合わせ、曲の出だしや、気になる部分を少しだけ演奏したり等のチューニング=調整を行う。
この部屋へ移動する前に、美葉はトロンボーンのスライド部へグリースを追加した。
しかし………烈貴はしなかった。
トロンボーンは伸縮部をスライドさせることにより音程を変える楽器だ。
演奏中は、ここを頻繁にスライドさせ伸縮する為、潤滑の目的で専用グリースの添付は日頃のメンテナンスで必須となる。
しかし。
スライド部が滑らかに"動き過ぎる”と、最適な音程位置でブレーキが効かなくなる恐れがあり………
その為、烈貴は本番直前でのスライド部へのグリース添付は控えているのだ。
これも、身体に叩き込んだプレイ・スタイルで演奏する烈貴ならではの知恵であった。
約20分のチューニング・タイムも、あっという間に過ぎ。
誘導係員が、ステージ舞台袖へ向かうよう告げて来た。
部屋を出る直前、皆へ渡辺がコールする。
「オシ、みんな!
ザンパはメチャ明るくてパワフルな曲だ!
思い切り観客を盛り上げてやろう!!
行くぞッ!!」
一斉に立ち上がる。
ステージのある、大ホールの入口は二階だ。
三階の会議室から楽器と譜面台を持って出た一向は、転ばぬ様、慎重に階段を降りて行く。
薄暗い舞台袖へと到着すると、未だ終わらない前順の学校の演奏音がステージ方向から押し寄せて来る。
「隣りの芝は青く見える」
というが、まさに前順の演奏が非常に上手く聴こえ。
それが時としてプレッシャーとなる。
烈貴と美葉は黙って見つめ合い、手を握り合った。
互いの手が互いに
(大丈夫だよ!)
と、無言で語り合っていた。
前順の学校の演奏が終わった。
会場の万雷の拍手の後、片付けの音が始まる。
間もなく誘導係員が顔を出し、告げる。
「〇✕高校の皆さん、お待たせしました。
前の学校の退場が完了しましたので、ステージへ入場してください。
配置についたら、指揮者の先生の合図でチューニングを始めてください」
一向は皆、無言のまま立ち上がり。
ステージへと進む。
いよいよだ!
薄暗い舞台袖から解き放たれ、一気に会場の光に包まれる。
眩しい!
いつものメンバー………
いつもの楽器………
そして、いつもの配置であるはずなのに。
全く違う世界に来たかのような錯覚すら感じながら席に着く。
各々が譜面台を広げて立てる。
手間のかかるパーカッションは、急ぎつつも努めて冷静にセッティングする。
本番前の最後のロングトーンで、音出しを確かめる。
全て完了した。
目線の先には。
普段では見ることの無い大勢の観客が、まるで雛壇のような大ホールの観覧席から覆い被さるように迫る。
女性の場内アナウンスが、高らかに響き渡る。
「プログラム五番、県立◯✕高等学校。
指揮は、渡辺義雄先生。
自由曲、フェルディナン・エロルド作曲、ザンパ序曲」
いつものリーゼント頭はオールバックとなり。
艶のある紺のスーツに薄いブルーのシャツ、藍色のネクタイ姿の渡辺が。
観覧席に向かい一礼する。
万雷の拍手を受ける。
部員達へ向き直る渡辺の手にあるのは、いつものスネア・スティックではなく。
純白の指揮棒、タクトだ。
静まり返る。
楽器をスタンバイさせた部員達の視線が、一斉に渡辺のタクトへ向けられる。
これから約7分の間、全てが、この一本のタクトに委ねられるのだ。
張り詰めた、それでいて落ち着いた表情の渡辺が構え…………
振り降ろす!
この瞬間の為に。
悩み………
泣き………
ボヤき………
汗を流し………
励まし合い………
力を重ねて来た部員達のエネルギーが。
この曲、初っ端から全力ダッシュの大合奏をスタートさせた!!
続く
〈ザンパ序曲・完〉
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You Can Perfect
Gemini
Special Thanks;GEKKO様
