吹奏楽・地区コンクール本番まで一週間となった、土曜日の午後。


久々の部活オフとなり。

烈貴はRG50Eの行く先を展望台へと向けた。

美葉は、家族と買物へ行くそうだ。


登りのワィンディングを駆け抜ける。

大回りの高速カーブからヘアピンまで、各種のコーナーが続く。

夏の強い陽射しも、この区間では生い茂る広葉樹の群れか遮ってくれる。

その道の勾配は今の原付にはキツそうだが、`80年代の50ccロードスポーツは60km/h規制前の7.2馬力まで至り。

烈貴のRG50Eは五速のギアを駆使し、回転を合わせながら力強く昇っていく。


烈貴は父の昔話を思い出す。

昔はライバルが多かった………

このRG50Eと同様の50ccロードスポーツ達が群雄割拠し凌ぎを削っていた時代。

その渦中の中で、当時の世界グランプリで活躍していたレーサー・スズキRG500のノウハウを注ぎ込み開発した一台こそが、このRG50Eだったこと。


更に50ccロードスポーツ車の開発競争は加速し、水冷エンジンやリア・モノショックサスペンション、アンチダイブ機構まで装備したものまで登場し。

全国の原付ライダー達………主に少年達を「街道レーサー」化させたことを、烈貴は耳にタコが出来る程聞かされていた。


当初………いや、今でも烈貴にとって。

そんなことは遠い昔話でしかなく、自分には関係無いとは思っていたのだが。

この展望台へと続くワィンディングも父が今の自分と同い年の頃は、そうした若き走り屋達の"戦場”だった………と思うと。

感慨深い気持ちを覚えるのであった。


烈貴の苦手とするのは、右のヘアピン・コーナーだった。

父に教えられた、コーナリング時に外足のステップを強めに踏み込み、外足の膝をタンクへ押し付けながら車体をバンク(傾け)させる………その動作が、右コーナーでは左脚となり"利き足”ではない為、どうしても頼りなくなる。

結果としてバンク角も浅めになってしまう。

左右満遍なく出来るようにしろ!と父からは口を酸っぱくして言われたが、特に下りでは上手く出来ないままであった。


「頭で考えてもダメだ………身体で覚えるしかない」


ここに来て、烈貴は自らのライディング・テクニックの向上を以前より強く望むようになっている。

それは………普通自動二輪免許取得を見据えているだけではなかった。

バイクというマシンが、自分にとって長い付き合いになりそうな………予感がしたからであった。



展望台へ到着すると、いつもの通り街並みを見下ろす。

真夏の真っ青な大空に覆われながら、蝉時雨の声を聴く。

RG50Eの磨かれたタンク上面には、白い雲が映し出されていた。


と…………

以前と同じく黄色いスクーター、ヤマハ・トライが上がって来る。

今日の莉奈は、白Tシャツにグレイのスェットを羽織っていた。

紫の半キャップヘルメットは変わらない。


烈貴と目が合うと、片手を上げる莉奈。

髪は………肩までの長さに短くなっていた。


烈貴も軽く会釈して応える。


「よお!

………暑いねぇ」


烈貴に歩み寄る莉奈は、烈貴と逢瀬を重ねる以前の"先輩”のノリに戻っていた。

烈貴も穏やかな表情で向き合う。


「髪………切ったんですね」


「ああ、まぁな。

暑苦しくてショーがねェもんだから」


しばらく二人は並んで街並みを眺めていた。

莉奈が呟く。


「………やっぱ、ココはイイよな。

この風景見てると気分が晴れ晴れする」


「ですね」


莉奈は遠い目をしながら続けた。


「………みんな、バイク乗りゃイイのにな。

そうすりゃ、普段見れないものも見られるし、感じられないことも感じられる」


烈貴は相槌を打つ。


「ホント、そう思いますよね。

俺ら絶対、得してます」


頷く莉奈。


既に、二人の間にわだかまりは無かった。

元・先輩後輩であり、原付ライダー同志であった。


「もうすぐ、コンクールだったな。

仕上がりどうだ?」


「ハイ、何とか固まって来てます。

ギリで間に合いそうです」


「そっか」


莉奈は、風で顔に貼り付いた髪を手で払いながら語った。


「あたしね………もいっぺん、音楽やろうと思ってるんだ。

ブラバンじゃなくて、ロックバンドだけどね」


烈貴は莉奈の横顔を見つめる。


「マジですか」


「ウン。

前、言わなかったっけ?

あたし中学ん時、ライブハウス通いしてたの。

そん時、贔屓だったバンドが復活するみたいで。

仲間入れて貰おうかなって」


「先輩………クラ以外の楽器も出来たんですか!?」


莉奈は笑って手を横に振る。


「………いやいや。

前、そこでギターやってた男と付き合っててさ。

そのよしみで、"初心者もOK”てことなんで、まずは弟子入りさ」


莉奈は嬉しそうだった。

そんな莉奈を見て、烈貴も嬉しくなっていた。


「………そうだったんですか!

俺、応援しますよ」


「………ありがと。

あたしが一人前になったら、聴きに来てね!

チケット渡すから」


それから二人は座りながら、しばらく他愛もない世間話をした。


「………そろそろ行かないと。

今日も、これからライブなんだ」


「そうですか。

行ってらっしゃい!

楽しんで来てください」


去り際に莉奈は、烈貴に親指を立ててウィンクした。


「コンクール、頑張れよ!!」


笑顔で手を振って見送りながら烈貴は、以前よりもずっと莉奈が大人で………それでいて爽やかな女性に見えた。




その頃。


「………そんでね、その美葉ってコのカレシもさ?

どうも陰キャってことでさ(笑)」


「そっか!

まさに陰キャ同志、仲良くデキちゃったワケね(笑)?

ハハハハハ!!」


そこは愛香の彼氏、陀威也(だいや)の自宅の部屋である。

二人はベッドの上でイチャついている。

因みに、お互い服は着たままだ。


「陰キャカップルの挙動観察、楽しみだわぁ~!

動画撮っとこうか〜愛香(笑)!?」


薄い金色のツーブロック・ロングヘアーと、日焼けした首元にゴツ目の金ネックレスをした、チョビ顎ヒゲ男子の陀威也。


表には、彼の愛車であるヤマハ・マジェスティ250スクーターが停まっていた。


続く


〈変化・完〉


※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません

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Gemini