その日は、部活を終えた後。
部員達各々が後片付けを済ませ、互いに"お疲れ様”と挨拶を交わしながら帰って行く中。
烈貴は精神的疲労の為か、なかなか音楽室の席を立てずにいた。
美葉も、そんな様子の烈貴を気にかけ、席を立とうとはしない。
気が付けば、夜の音楽室は二人きりになっていた。
外のグラウンドでは、野球部がナイター設備を使って練習を続けている。
彼らも甲子園へ向けた地区予選を目前に控えているのだ。
………烈貴は、椅子に座ったまま黙って俯いている。
トロンボーンを仕舞ったケースも、未だ足元のままに。
「先輩………いつもより疲れてるみたい」
美葉は一人用の椅子を並べ、烈貴が横になれる場所を作った。
即席のベンチだ。
「ここに、横になって」
美葉は自分の座る横に並べられた三つの椅子へと烈貴を誘う。
フラフラと従う烈貴が、ゆっくり身を横たえると………頭を、スカートに包まれた自分の太腿へと乗せる。
最初、仰向けに横たわっていた烈貴は。
自分の表情を美葉に見せたくなくて、横を向く。
目の前に、白いブラウスの美葉の腹部がある。
ナイロンと木綿の混じった、洗いがけの繊維の匂いがした。
力無く身を委ねる烈貴の頭髪を、美葉は優しく撫でる。
何故、今、彼がこうなっているのか?
美葉には解る気がしていた。
茫然自失の烈貴が、呟く。
「………俺………………美葉ちゃんを、好きになる資格無い………」
「………え?
どうして?」
美葉は変わらずに。
烈貴の顔を見下ろしながら、自分の腿に乗せられた烈貴の頭を撫で続けている。
烈貴は呟きは、震えを帯びる。
「………だって、俺…………俺…………」
烈貴の顔が、みるみるうちに歪み。
閉じた瞼から涙がつたい、美葉のスカートを濡らした。
美葉は微かな笑みを湛えながら、しばらく無言で烈貴の頭を撫で続けていたが。
「………先輩、あのね。
私にも、コレだけはイヤ!っていうのがあるの」
烈貴は流す涙をそのままに、黙って聞いている。
美葉は続けた。
「私………先輩にとって。
好き"だった”人には、なりたくないんだ」
烈貴は美葉の腿の上で、瞳を見開く。
美葉は少し、椅子を座り直す。
「………今と、これからが。
ずっと先輩と一緒なら、他に何も要らないの。
………フフ、ちょっとワガママかな?」
そう言って顔を逸らし、笑ってみせる美葉。
手は、烈貴を撫で続けている。
烈貴は、思わず美葉のブラウスの腹部に顔を埋めた。
顔全体が美葉の温かさと柔らかさに包まれ、衣服と混ざった香しい匂いと共に烈貴の心を癒し始める。
「あん……(笑)
お腹、お肉付き過ぎだから、恥ずかしい」
烈貴の頭を抱えながら、美葉は照れ笑いする。
ブラウス越しの美葉の匂いを鼻いっぱいに吸い込み、烈貴はウットリとする。
「………こうしてると、何か、スゴく安らぐ」
顔を埋めたまま、烈貴は呟く。
美葉は笑みを浮かべ、見下ろしながら好きにさせていたが。
「私、ダイエットしようかな?って考えてるの。
あんま太り過ぎだから」
「え!?」
思わず顔を向ける烈貴。
何やら慌てている。
「ダメだよ、ダイエットなんかしちゃ!
このままがいい………この方が好き!」
本当に困った表情をしながら腹部に頬ずりする烈貴が。
美葉には、まるで小さな子供がダダを捏ねてるように見え、可笑しくて声を出し笑ってしまう。
「ハハハハハ!
まさかの腹フェチ(笑)?
そんなにイイの?」
相変わらず顔を埋めたままの烈貴が、何度も頭を大きく振って無言で頷く。
「そっかぁ。
先輩が、そんなに言うんなら………やめとこうかな?
でもさ、これでゴーサイン出したら私の場合歯止め効かなくなって。
マジでブクブクになっちゃいそうだけど(笑)」
「それでもイイ!」
「マジで?
お相撲さんみたいになっても!?」
「ウンウン!
それでも美葉ちゃんを好き!!」
「今の聞いたよ(笑)?
約束だよ!?」
「ウンウン!!」
本当に嬉しそうな烈貴を眺めながら、笑う美葉。
音楽室の時計は、夜8:00を少し越えていた。
その週の土曜日の午後。
カチャ、バィーン!
バィーン!
烈貴は自宅前に出した、RG50Eのエンジンに火を入れる。
目指すは展望台。
目的は………莉奈と話をつける為。
(これ以上、美葉ちゃんに甘えるわけにはいかない。
これは………俺の問題なんだ!)
続く
〈求愛・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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Gemini
