「………あたしも、何か楽器やってみたい!」

ロックバンド「HEART MEDECINE」のメンバー、雄馬のギターに魅せられた莉奈は音楽に目覚めた。

だが、いきなりエレキ・ギターというのも技術的にも金銭的にも、中学生の莉奈には高いハードルに感じた。
世間でよく聞くピアノレッスン等も授業料がかかり、決して裕福では無い莉奈の家庭でも安い出費とは言えない。

かくして、莉奈は。
楽器を学校で貸し出して貰える吹奏楽部への入部を決めたのであった。

二年生からの入部ということで、既に部員となっている一年生は勿論、他の部員達に対しても引け目はあったが。
楽器に触れることが出来る!
演奏出来る!
それだけで莉奈は有頂天となった。

パートには拘らず、とりあえず何処でもいいと考え、当時楽器の余っていたクラリネットに配属させられた。
モチベーション高く臨んだはずだったが、木管楽器特有のリードでの音出しには苦戦した。

リードとは、主にダンチク(葦)という植物の茎を長さ約7センチ、幅約1センチ、厚さ3ミリ程度の板状にしたもので。
これを楽器の先端にあるマウスピースに取り付け、息を吹き込み振動させることで、音を発生させるものである。
このことは当初、小学校の音楽授業にも使われるリコーダーと同じと予想していた莉奈には想定外であった。

早々に、難関の立ちはだかった莉奈。
入部したのは二年生の7月であったが、演奏に加わる以前に満足に音出し出来るようになるまで数ヶ月かかることになる。

ただでさえ校内では不良グループの一員と見られ、ビジュアル的にも吹奏楽部では浮いていた莉奈を部員達の多くが煙たがっていたが、唯一人、三年生のクラリネット・椿夏美(つばき・なつみ)が付きっきりで指導した結果。
その年の晩秋には演奏に加われるレベルまで上達出来た。

「これで安心して卒業出来そう」

そう言って微笑む夏美先輩に、莉奈が抱きついて号泣したのは言うまでも無い。

この、莉奈のチャレンジには雄馬の応援もあった。

「素敵だよ!
莉奈がクラリネットをマスターしたら、セッションしよう」

マンションのベッドで、微笑む雄馬。
莉奈にとって、それまでの人生で最も前向きになれた時期でもあった。

雄馬は優しかった。

いくら比較的発育の良い莉奈に対してであろうと、自分より7つも歳下であることを常に忘れず労った。

二人の営みで達しそうになる時も。
雄馬は莉奈に不安を与えぬよう、言葉を尽くした。

「……莉奈ッ!
莉奈ッ!
君しか居ないッ!
俺をわかってくれるのは、君しか居ないッ!!」

「……莉奈!
好きだッ、大事にするッ、大事にするッ!!」

せつなそうに顔をしかめながら叫び、渾身の思いで果てる雄馬と向き合う度に。
莉奈は「愛」というものに浸ることを覚えて行った。



だが…………
そうした蜜月の日々にも、やがて残酷な別れが訪れることになる。

「莉奈。
ちぃとばかし、ツラ貸しな」

合コンで、めでたく彼氏が出来たと得意気になっていた真樹は。
それから全くライブハウスには足を運ばなくなっていた。
しかし程なくして、その彼氏の浮気により呆気無く関係が終わりを告げると。
再びライブハウスに雄馬の姿を追うようになる。

そこで、莉奈と雄馬の関係を知ることとなったのだった。
二人は他に知られぬよう細心の注意を払い逢瀬を繰り返していたのだが、マンションの出入りが目撃され。
公然の事実となってしまっていた。

街の路地裏まで真樹に連れこまれた莉奈。
そこには、見知らぬ同年代らしき少年少女の不良達が複数名居た。
真樹は振り返り、憎々しげに莉奈を睨む。

「テメェ!
知らねェうちにユーマをぶん取りやがって!
チョーシこいてんじゃねーよ!!」

真樹の態度にショックを受けたが、負けてはいない莉奈。

「テメェこそ、何だよ!?
ぶん取るも何も、雄馬はテメェの持ち物じゃねーし?
勝手に彼氏作って勝手にフラれて、勝手に逆恨みか!?
どーしよーもねェ、ダセェ奴!!」

嘲笑する莉奈に、真樹は歯ぎしりする。

「………よく、そんなデケェ口叩けるよな?
この状況でよ、へへ……
二度とオモテ歩けねェようにしてやっからな!
こんボケがぁ!!」

真樹はバックの連中に促す。
途端に男数名が莉奈に飛びかかる。
女数名はカッターナイフを取り出す。

「!」

男達に押さえ付けられ、身動き出来ないまま地面に倒される莉奈。

「ひゃあ〜、たまんねェ!
コイツ!!
メッチャエロい!!」

男の一人が興奮し、目を見開いて莉奈の身体を揉みしだく。

「………やめろッ、テメェら!!」

必死に抵抗する莉奈を見下ろし、カッターナイフの刃をギラつかせてニヤける女。

「ハイハイ、ガッつかないの。
ウチ、カテーカ得意だから、食べやすいように下ごしらえしたげるから」

そう言って、莉奈の制服をめくり上げブラウスを切り刻む。
肌が露出する。

路地裏に、莉奈の悲鳴が響き渡った。


商店の通報で駆け付けた警官達により、真樹以下少年少女達は補導され。
莉奈は危ういところで助け出されたが………

ロックバンド「HEART MEDECINE」としても、この事態を重く見た。
メンバーと交際する少女が、同バンドのファンである少女達から暴行を受けたことが、警察の取り調べで明らかになった為もある。
真樹は未成年者ながら処分を受けることとなり、莉奈の通学する中学でも大きな問題となった。

莉奈自身にお咎めは無かったが、両親と学校からは雄馬と関わること、ライブハウスへの出入りを固く禁じられた。

莉奈が、雄馬から届いた最期のLINEを開く。


莉奈

君を守れずに
こわい思いをさせてしまって
本当にゴメン
全部俺の責任だ

こんな形で別れることになって
ホントに悲しい

HEART MEDECINEは今日
解散した

莉奈

莉奈には
音楽をやめないでいてほしい
あれだけ頑張ったんだから

何でも
続けていれば
きっと良いことあるよ

遠くで応援してるから


元気でね

さよなら


表情を失くした莉奈の頬を。
一筋の涙がつたった…………



…………展望台から街灯りを見つめながら、莉奈は。
ふと呟いた。

「ゴメンね、雄馬。
あたし、音楽やめちゃった。
けどね………」

スマートフォンを取り出し、写真ファイルの中から一人の少年の笑顔を開く。

「…………人を好きになること。
教えてくれたの、忘れてないから」

莉奈は液晶画面に映し出される、烈貴を眺めながら。
はにかんでいた。


続く

〈忘れな草・完〉

※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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