莉奈が音楽に最初に興味を持ったのは、彼女が中学二年の時だった。
ただし、それは吹奏楽ではなく、いわゆるロックバンドであった。
中学生当時から既に、そのスタイルと美貌の片鱗を見せていた莉奈は周囲の目を引いていたが、ヤンチャな部類の女子で。
その手のグループと、いつも行動をともにしていたのだった。
「ねぇ、莉奈。
チケット余ってんだけど、一緒にライブ来ない?」
グループ内でも特に仲の良い、同い年の真樹(まき)が声をかける。
真樹は、ミルクティーベージュに染めた長髪をなびかせるギャル系ファッションのまま登校し。
注意する教師に、いつも悪態をついている。
「ライブ?
あんま気乗りしないんだけど」
さも興味無さそうな冷めた顔で横を向く莉奈。
元々人混み等、騒がしい場所がキライなのだ。
「いやいや、"音”なんかシカトでいいから。
そのバンドのギターがさ、メッチャイケなの!
フハハハ」
莉奈は心で呟く。
(コイツ、またオトコで釣ろうってか?)
以前も
「メチャイケ御登場予定!」
とかの前フリで釣られて合コンに同伴してみたところ、それらしき者は一人だけで他は全て"エラー”。
結局"それらしき者”は真樹が独占、実際自分は数合わせに使われただけと解り。
更には、そのエラーの一人に惚れられてしまいストーキングまでされる始末。
最終的にストーキング・エラー男は、莉奈が蹴りを入れたらアッサリ逃げて行ったが。
それ以来、莉奈は真樹の誘いを断り続けている。
「まあまあ!
ドリンクとかフーズとか、おごるからさぁ。
ヒマつぶしに行ってみようよ!!」
実際の真樹自身は、ライブハウスという環境自体に未だ場馴れしておらず気後れしていた為。
莉奈を誘ったのだった。
ライブハウスは、街の場末の薄汚れたビルの地下にあった。
ライブ開始時刻が夜7:30ということもあり、薄暗い雰囲気に莉奈は"オバケ屋敷”にでも入ろうかのようなザワザワ感すら覚えた。
地下へと続く壁に
「HEART MEDICINE」(ハート・メディシン)
というバンド名がイナズマのような文体で書かれ、メンバーの顔写真がスクラップブックのように散りばめられたポスターが。
何枚も続けて貼られていた。
地下室のドアの前に立つ莉奈と真樹。
かすかだが、ドアの向こう側からドラムのリズミカルな鼓動とボーカルの叫びが聞こえる。
ノブに手をかけ、恐る恐る開くと………
突然、大きな波が押し寄せるような喧騒と叩き付けるようなビートが。
ミラーボールの放つ煌びやかな光とカクテル光線に囲まれて二人を包んだ。
唖然とする莉奈をよそに、真樹が入口でチケットを渡し。
ワン・ドリンクがサービスなことを告げられ、莉奈はジンジャーエールを選んだ。
ライブハウスの室内は、思っていたより小ぢんまりとしていた。
飛び跳ねる観客達の向こう側に、スポットライトに輝く四人のメンバーの姿が見える。
ボーカル、ベース、ドラムス………それから、真樹の御目当てであるギターの男性メンバー。
皆、汗を飛び散らせながら某ジャパニーズ・ロックのコピーをプレイする。
確かに、莉奈の目にもギターの男性はイケメンと思えた。
黒い皮パンツの脚は長く、赤いTシャツから伸びた両腕はシッカリとエレキギターを抱え、目にも止まらぬ速さで操り回す。
スパイラルの髪の奥の瞳の表情は、一見冷たく見えながらも情熱を感じ取れる。
だが………
隣で奇声を上げて飛び跳ねる真樹をよそに莉奈は、ただただ立ち尽くし。
その音色に聴き入っていた。
ボーカルの発する情熱的な唄声に合わせて一体となり、メロディラインを魔法のように上手く引き立てるかと思えば。
間奏では百発百中の機関銃のようなギターさばきが、まるで異空間に連れて来られたかのような陶酔のメロディを奏でる。
「………これって………!」
これが………音楽!!
それが、莉奈の胸の中で。
惑星の爆発のような革命が起きた瞬間であった。
アンコールが終わりを告げるまで、莉奈は。
サービスのドリンクを握り締めたまま、その場を一歩も動けなかった。
真樹の誘いで、莉奈はライブ後の控え室を訪れることとなった。
バンドと言っても、セミプロのローカルバンドはファンとの距離が近い。
二人の他にも、差し入れやその他の目的?でメンバーに近付きたい者も居る。
ギターの青年は、雄馬(ゆうま)と言った。
「ユーマぁ~!!
メッチャ、カッコいかったぁぁぁ!!」
こうした場でも、真樹は遠慮というものを知らない。
他のファン達を押し退けるようにして、雄馬へハグしに行く。
元々「HEART MEDICINE」のメンバー全員ともフレンドリーで陽気な為、そうした光景も日常茶飯時であり、気にも留めず笑顔のままであった。
そうしたまま、おどけた笑いを見せる雄馬だったが、すぐ傍らに立つ莉奈に気付いた。
視線が合う。
莉奈が遠慮がちに、話しかける。
「あの………
メッチャ良かったです!
あんなメチャヤバいギターのメロディなんて、生で初めて聴いたんで。
ずっとゾクゾクしてました!!
まだ聴き足りないくらいです!!」
話しているうちに、ライブの感動が蘇り。
次第に声が上ずる莉奈。
そんな様子を見た雄馬は、喜びを隠せなかった。
「ありがとう!
そう言ってもらえて、ホント、ギター冥利に尽きるよ!!」
それまでファンからは
"カッコいい”
"メッチャイケてる”
といった、ビジュアルな面しか見てもらえなかった雄馬だったが。
初めて演奏で評価して貰えたことが、素直に嬉しかったのだ。
雄馬は真樹を引き剥がし、莉奈の前に立つ。
雄馬の身長は、既に中学生女子としては長身の部類だった莉奈よりも有に20センチは高かった。
その高い目線の奥にある瞳は、演奏している時とは打って変わって優しかった。
「是非、また聴きに来てね。
あ………これ、次のライブのチケット。
お友達も一緒に」
雄馬は、傍らのテーブルにあった複数枚のライブチケットと………
「これ、君の初のライブの記念に」
と小さく呟き。
その日使ったばかりのギター・ピックを莉奈の手のひらに握らせた。
莉奈の顔は一瞬目を丸くしてから、パァッと明るくなった。
「ありがとう!!」
跳び上がりたい気持ちになった。
「ああ〜〜!?
莉奈ズルぅ〜〜〜!!」
横から真樹が口を尖らせて、それを奪おうとするが。
莉奈はシッカリ握って離そうとはしなかった。
これが、莉奈が音楽に目覚めた最初となった出来事であり。
同時に莉奈を"女”へと成長させるきっかけとなったのである。
続く
〈初の出来事・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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