………学校内の、渡り廊下で莉奈と出くわした。
昼休みだった。
烈貴は昼食用のパンを買いに、生徒玄関前で店を広げているパン屋へと向かおうとしていた。
莉奈は、紙袋を片手に持っていた。
パンを買って戻る途中だったようだ。
少しだけ、微笑む莉奈。
「………おひさ」
烈貴も、シカトするわけにはいかなかった。
「………こんにちは」
それだけ呟いて上目遣いで小さく会釈し、擦れ違って行こうとした。
「………烈貴!」
二、三歩歩いたところで、呼び止められる。
そのまま無視して歩き去ることも出来たはずだった。
「………これ」
ゆっくり振り向くと、莉奈が紙袋の中から買ったばかりのメロンパンの包みを一つ、差し出している。
要らない………と断って、去ることも出来た。
だが………
メロンパンを差し出す、莉奈の笑顔が。
心なしか寂しそうに見えた。
少しの間を置いて、烈貴は右手を差し出し。
メロンパンを受け取った。
「………ありがとう……ございます」
制服姿の莉奈を、久しぶりに見た気がする。
何だか、全てが元に戻ったのではないかと錯覚したほどだった。
いや………
本当に全てが何も無かったかのように、時間を戻せたらと。
烈貴は心底、願っていた。
それ以上のやり取りは無く。
烈貴と莉奈は擦れ違い、互いの方向へ歩いて行った。
その日の烈貴の昼食は。
莉奈から貰った、そのメロンパン一個だけであった。
食欲が………出なかったのだ。
放課後になり、部活動の時間となると烈貴は音楽室へ向かった。
まだ、顧問の渡辺は来て居なかった。
部長の前田他、数名がロングトーンを始めている。
「………部長。
俺、今日ちょっと体調良くないんで。
休んでいいですか?」
ロングトーンを一旦止め、前田は烈貴を見る。
「どうした?
頭の怪我の調子が、まだ良くないのか?」
「………いや、何か朝から熱っぽくてダルいんで」
「………そうか、わかった。
ゆっくり休めよ」
前田は心配そうな顔で欠席を許した。
美葉の姿は、まだ無かった。
本当は………
莉奈と校内で会ったことが、烈貴のメンタルをネガティブにさせていたのだった。
次の日は土曜日で、部活は休みだった。
「たまには、海でも行って来るか?」
父・正和がガレージの前の路肩で、愛機RG400ガンマのカウルを磨きながら烈貴を誘った。
いつもだと、父親の"ライディング指南”がいちいちウザく感じて断るのだが。
珍しく、その時の烈貴は快諾する気持ちになれた。
ガクン!
ヴィーーーン
ヴィーーーン
ガロガロガロガロガロガロガロガロ
さすが、同じ2ストロークでも。
RG50Eの8倍の排気量である、400ガンマのスクェアフォー・エンジンの奏でる排気音はアイドリングからして気迫の違いを感じる。
四本のチャンバーの口から、白煙に近いブルースモークがモクモクと吐き出される。
父子の分乗した二台は、自宅から
"普通に走って”
約一時間の海岸へと向かった。
道中。
烈貴が背中を追う、父の駆る400ガンマは何だか、いつもより。
ゆったりペースのような気がしないでも無かった。
(こんなペースだとガンマのプラグ、カブらないかな?)
烈貴でさえも、そう思えるほどであった。
確かに400ガンマのエンジン特性は、排気ポートのバルブが回転することで。
よく、下がスカスカになりがちと言われる2ストローク・レーサーレプリカの中にあっても低・中回転時の扱いやすさを両立出来ているとは言われているが。
パワーバンドからは程遠い、恐らく4,000〜5,000回転程度をキープしているんじゃないか?
………と、追走する烈貴にもわかるような気がしていた。
見方によっては、これまで"半分本気モード”の400ガンマにRG50Eで付いて行っていた、烈貴のライディングも見上げたものであった。
昨今の50ccでは、まず無理だろう。
到着したのは、浜辺の眼前に迫る道路沿いの魚市場である。
特に夏場は海水浴客とともに、新鮮な魚介類を買い求める客で賑わう販売店が軒を連ねる通称「魚のアメ横」だ。
各店舗の軒先では。
イカ、鯛、ハチメ、サバ、カレイ、サザエ等の串に刺した浜焼きが、炭火の匂いとともに香ばしい香りを漂わせ、通行人の食欲をそそらせる。
父子は傍らの大駐車場にバイクを停め、この浜焼き売り場の前に立った。
「烈貴!
お前、どれがいい?」
ここでの父・正和の定番はハチメ焼きかイカ焼きだ。
因みにハチメとは。
大きな目(パチッとした目)が特徴で、春の訪れを告げる「春告魚(はるつげうお)」として親しまれる、脂がのった上品な白身の魚のことである。
「………俺、魚キライなんだけど」
烈貴が顔をしかめるのは炭火の煙のせいだけではない。
「まあまあ、せっかく来たんだから。
騙されたつもりで食ってみろ!
絶対ウマいぞ!!
どれでもいい」
「本気で騙す気なの、見え見え(笑)」
仕方無く………烈貴がチョイスしたのはイカ焼きだった。
二人は近くの浜辺に腰を下ろし。
眼前に広がる海を眺めながら、浜焼きにかぶり付いた。
「!」
イカ焼きを一口、烈貴の表情が変わる。
「…………何コレ!?
ガチでヤバいよ!!」
焼き立ての香ばしさや、眼前の海から届く潮風というトッピングのせいもあるのだろうが。
何より身が非常に厚く、しかも非常に柔らかい!
普段の食卓で、スーパーで買ってくるイカを母がフライにしたものしか食したことの無い烈貴は、完全に概念を覆されたのであった。
「だろう!?」
脂の乗ったハチメの塩焼きにかぶり付く正和も、満足気な笑みだ。
かなり大きめのイカ焼きにも関わらず。
ここのところ食の進まなかった烈貴も、ウソのようにあっという間に一本平らげてしまった。
「もう一本行くか?
烈貴!」
「うん!
これなら何本でもイケそう」
「ハハハ。
お前のような育ち盛りの男が、こんなんで満足するはずがない!!」
すぐさま、二人は"おかわり”を買い足しに行くのであった。
「食った、食った」
自販機で缶コーヒーを買い、食後の一服の父子。
「なあ、オヤジ」
「ウン?」
「オヤジ………俺くらいの時ってさ、女居たの?」
ハハハ………と笑いながら、おどけるように正和は言う。
「あれほどオレの昔話を嫌ってる、お前が。
どういう風の吹きまわしだ?」
そう言いながら、息子が今望んでいる話題とは何なのか。
この父には分かっているのであった。
烈貴は水平線を遠く眺めながら、ポツリポツリと話し始めた。
「………最近、女ってのが、わかんなくなってさ。
わけわかんねェんだよ」
「あの、黄色いトライの娘か?」
「え!?
…………何で知ってんの?」
驚いて向き直る烈貴に対し、入れ替わり正和が水平線を見つめる。
「…………烈貴には言わないでくれ、って口止めされてたんだが。
あの娘、先週お前が学校行ってる時にウチに来てな。
たまたま昼上がりで帰って来てたオレが出たんだが。
母さんが居ない時で良かった」
「………相川先輩が、何しに?」
缶コーヒーを一口含んで、正和は続けた。
「最近、お前を見かけないんで、具合でも悪いのか?
もしかしたら、頭の傷が悪化してるのか?
って心配で来てみたんだと」
烈貴は、顔をこわばらせる。
「…………でな。
アレ?
学校で見かけてませんか?って聞いたら、実は停学中なので…………て。
それじゃ他で逢ってて、そこでも見かけなくなった………ってことかい?
って話になったんだよ」
烈貴は戦慄を覚える。
オヤジは………何もかもお見通しだ!
正和は更に続ける。
「君ら、付き合ってるの?
って訊いた。
そしたら、いえ、そんな関係じゃないんだけど………って。
話したのは、それくらい。
あとは、お邪魔しました、って頭下げて帰ってったよ」
烈貴は缶コーヒーを握り締めたまま、俯いて砂浜を見つめている。
話し終えた正和は。
そんな烈貴に穏やかな顔を向ける。
「烈貴、オレはな。
母さんみたいに手ぇつなぐだけで我慢しろだとか、ヤボなことは言わねェ。
ただな…………お前の本当の気持ちだけは大事にするべきだとは思うぞ。
お前と、あの娘が、どうなるかはどっちだっていい。
お前が自分の気持ちを大事にすることが、巡り巡って相手の気持ちを大事にすることにもなるんだぜ」
そう言って、正和は缶コーヒーをグイッと飲み干した。
烈貴は俯いたままだったが。
ぬるくなった缶コーヒーを、ようやく口にしてから呟いた。
「………………オヤジ。
………俺よぉ…………俺よぉ」
気が付けば、烈貴の瞳から涙が溢れ落ち。
砂を濡らしていた。
正和が呟く。
「若ェうちってのはな、失敗ばかりするもんだ。
オレも何度も女を泣かせたり、自分が泣かされたりしたもんだ。
だがな、それが許されるのも若ェうちだ。
今のうちに、さんざん失敗しておけ!
それが、みんな。
お前の宝になる!!」
そう言って、正和は。
笑って烈貴の背中を叩いた。
帰り道。
追走する父の背中が。
烈貴には、いつもより大きく、近く見えた。
続く
〈メロンパンとイカ焼き・完〉
※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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