烈貴が帰宅したのは、夕方になる頃だった。

「うわっ!
お兄ちゃん、臭っ!!」

中学三年生の妹・茉莉が、玄関上がってすぐの廊下で擦れ違い。
まるで汚物を見るかのような、蔑んだ顔をする。

「………何が?」

「お兄ちゃん………女の匂いがする!
臭ァ!!」

茉莉は顔をしかめ、鼻を摘む仕草をしてみせる。
居間でコーヒーを飲んでいた父・正和が聞きつけ、笑う。

「ハハハ。
茉莉、烈貴だってもう高二だ。
女の一人くらい居たって、おかしくないさ」

しかし、茉莉は何かにつけて兄には容赦しない。
女の匂いがするぅ!!
女の匂いがするぅ!!
と、まるで警報のように家中をふれて回る。

「や………やめろォ!!」

顔を真っ赤にして、烈貴は茉莉を追い回す。

その、ほんの30分程前まで。
烈貴は一糸まとわぬ姿で、莉奈とモーテルのベッドにいたのであった。
自らそれを望んだのか、莉奈に"連れこまれた”のか、烈貴は自分でもわからなかった。

一回目、烈貴は直ぐに果てた。
イタズラっ気に満ちた笑いを浮かべる莉奈に腹が立ち、烈貴は黙って顔を背ける。

だが、烈貴を激昂させたのは。
莉奈の次の言葉だった。

「よっぽど溜まってたんだね。
早かったし」

莉奈は裸の背中を見せながら、クスクス笑った。
その瞬間、終わったばかりのはずの烈貴の本能に火が点いた。

(目に物見せてやる!)

烈貴は莉奈に覆い被さっていった。
しかし、それが返って莉奈を喜ばせることになってしまうのだった…………

「ふぅ………もう、ダメ」

うつ伏せに横たわる莉奈の隣りで、烈貴は無表情に部屋の天井を眺めていた。
符の抜けた顔で莉奈が言う。

「やっぱ………二回目以降は、長いね……」

天井を眺めながら、烈貴は翌日に音楽室で言うべきことを考えていた。

やはり、自由曲はザンパ序曲をやりたい。
今の自分から逃げるのではなく、立ち向かって克服したい!
…………支えてくれる、美葉の為にも!!

「ねぇ、まだギリ時間あるけど………もう一回する?」

隣りから聞こえて来る、莉奈の声で我に返る。

「………あ?
いや、もうお腹いっぱいです」

烈貴は苦笑いした。
莉奈も、満足したような笑みを返したのだった。



「烈貴!
ちょっと来なさい」

女の匂いがする、と家で茉莉がふれ回った結果。
烈貴にとって最も恐れていた事態が起きつつあった。

母親・明美(あけみ)。

時代錯誤だが根は大らかな父親・正和と対照的に、事あるごとに苦言を呈する明美は烈貴にとって苦手な母親であった。
妹の茉莉も、この辺が母に似たのかも知れない。

烈貴はダイニング・テーブルへ呼ばれた。

「………女の子とお付き合いするのは仕方無いけど。
セックスとか、そうゆうのは大人になって、婚約者が出来るまで我慢しなさい。
もし相手が妊娠でもしたら、誰が責任とるの?」

その日の母親の"説教”は長かった。

とかく"性”に関しては日頃から、うるさく言われていた。
一対一だと危険、グループ交際にしなさい、手をつなぐ場合でも慎重に………

言われていることを、右から左へ流しながら烈貴は心で呟いていた。

(今時、そんな奴いるかよ?
何時の時代だよ?)

ついに烈貴も逆ギレする。

「いちいち、うっせぇな!
んなことやってるわけねェだろ!!」

母も一歩も引かない。

「烈貴!
何ですかッ!?
親に向かって、その態度は!!」

烈貴は立ち上がり、踵を返し二階の個室へと去る。

その後、一階で父・正和が標的となるのであった。
明美の怒号が聞こえる。

「あなたが甘やかすから…………(云々)」

そう言いながら明美は。
近所の主婦や昔のママ友にボヤくのであった。

「息子が今、反抗期で困ってるんです…………(云々)」



モーテルの帰り際、莉奈は部屋のシューターで勘定をしながら言っていた。

「………あんたが、あの子を気に入ってるのなんか知ってる。
それは別にいいけど。
たまに、こうして……あたしと逢ってくれる?」

烈貴は怪訝そうに尋ねた。

「………わかんないんだけど。
俺の何処が、そんなにイイんすか?」

莉奈はウインクして見せた。

「あんたが………
マジイケてるからだよ。
自信持ちな!」



翌日、月曜日。
放課後の音楽室。

「………さぁて、約束の期限が来た。
どうする?
自由曲」

渡辺が皆に問いかける。

………と。
立ち上がる烈貴。

「………俺。
ザンパでいいと思う!
みんなは!?」

静まり返る部員一同。

程なくして、部長の前田が拍手を始める。
すると。
トランペットの男子部員、ユーフォニウムの男子部員、パーカッションの男子部員が続き…………
その後を追うように他の部員達が拍手を重ねて行った。

渡辺は皆を見渡し、大きく頷いた。

「…………よし。
じゃ、決まりだな!
やるからには、お前達を関東大会まで連れて行く。
覚悟して付いて来い!!」

烈貴の胸は、澄み切った青空のようにスカッとしていた。
隣りの美葉が瞳を潤ませながら、笑顔で烈貴を見上げ拍手している。

コンクール開催まで、ちょうど二ヶ月となっていた。


続く

〈汚れた英雄・完〉

※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません
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