ケイのモーターサイクルを塗装した少年は、ヒロシと言った。

ヒロシはケイと中学校の同級生だった。
全日制の高校を受験したが落ちて、キヨミと同じ高校の定時制に通いながら仕事をしている。

彼の自慢は車だった。

`77年型フォード・ムスタング。
スポーツタイプのアメ車だ。
心臓部には、V型8気筒をつむ。
ホーリーのキャブレターはボンネットをつらぬき、むき出しとなって渋く銀色に光る。

そして、ケイのモーターサイクルと同じく、ブラックに塗られていた。

この車を、どのようにしてヒロシが手に入れたかは定かではなかったが。
東京で貿易関係の仕事につく彼の叔父からゆずり受けたというのが、有力な情報として流れていた。

ケイとヒロシは、本当に幼い時からの友達だった。
何しろ家が隣り同志で、よく一緒に裏山へ虫を捕りに行ったり、トカゲやヘビをいじめに行ったものだった。

ヒロシにも彼女がいて、ヨシコといった。
ヨシコは進学校のL高校に通っていた。

ヨシコの親は、娘がヒロシのような少年と付き合うのを決して良く思ってはいなかった。
年が進み、ヨシコの大学受験が近づいてくると、彼らのヒロシに対する目は一層冷たくなった。

ヒロシがムスタングを手に入れてからは。
土曜日、学校帰りのヨシコを校門でさらっていくというような交際が続いた。
それでも二人の仲は険悪になど、ならなかった。

ヒロシが弱気なことを言うと、ケイは叱咤激励ではなく逆にあざ笑った。
そして走りに誘った。
それがケイの励まし方だった。
ヒロシも、そんなケイの思いやりをわかっていた。

「なあケイ。
おまえ卒業したら、どうする気だ」

「どうするって………働くに決まってっだろォ」

「んなこたァわかってる。
残るか?
向こうに行くか?」

地方の人間にとって「向こう」とは都会を意味する。

「もう俺達も卒業だ。
あとがねェぞ」

「もう一年ダブれば」

「マジで言ってんだぜ」

「仕事場なんか、どこでも変わんねェだろうし。
何が悲しくて、わざわざ向こうなんか行かなきゃなんねえんだよ」

「向こうの方が、でけェ工場もあるし。
おもしれェところも多いっていうじゃねえか」

「へえ、そっか、どっちにしろ面倒クセェから俺ァこっちに残らあ」



日曜日、ケイとヒロシはスカイラインを二人だけで流した。

黒いモーターサイクルと黒い車が連なってライトブルーの空を背に、藍色のアスファルトを流れていった。

頂上の展望台で黒い二台は停まった。

風が少し強い。

眼の前に広がるパノラマ。
粒の塊のような集落、蟻のように流れる車。

「ケイ。
俺もずっと、こっちにいるよ」

ちっぽけな街を眼の前にして、ヒロシがつぶやいた。

ケイはヒロシのGジャンの背中を見つめながら、ただ黙ってタバコを吹かしていた。
ヒロシが悩んでいることも、わかっていた。

ヒロシのパーマがかった髪が風にそよぐ。
その下の顔つきは決して、やさしげなものではない。
しかし、それは吊り上がるように剃られた眉毛のせいで、瞳はいつもやさしい。



次の日の夕方、ケイはキヨミと会った。
何するわけでもなく、彼女の部屋でしゃべりながらくつろぐ。
いつものことだ。

キヨミは薄い茶色の髪をしている。
一見、染めたように見えるが、本人は否定している。
そのせいなのか、よくからまれた。
ケイより二つ年下。
「子猫のような奴で、ナマイキな奴」
という、尾崎豊の曲のフレーズがよく似合う。

ケイは彼女を見つめながら考えていた。

俺はきっと、幸せなんだな………と。


〈次回、最終回〉

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