夜明け近く。

◯✕国、首都中心から大西洋岸へと伸びる高速道路を走る、一台の車があった。


黒塗りのマセラティ・ギブリ・トロフェオ。

イタリア車である。

一見して高級セダンそのものだが、タダの高級車ではない。

 最高出力580馬力のフェラーリ製3.8L V8ツインターボ・エンジンを心臓部に持ち、最高速度は326km/hを誇り。

「コルサ・モード」

という走り専用の性能を用意した

"高級車の皮を被ったレーシングカー”

である。

この車の走っている高速道路には中米特有の山岳地帯をくぐる区間があり、そこは急勾配や急カーブの続く難所として知られていた。
だが、このギブリ・トロフェオは。
そのようなワインディングであっても、まるで"水を得た魚”のように走り抜ける。

そして……
この車の後部座席に座る男こそ。
イスロ総帥、ドメニコ・マングスタその人であった。
この車は普段ドメニコが公用・私用問わず使っており、運転手として若いイタリア人のアルベルトを雇っていた。
ドメニコは、このギブリ・トロフェオの乗り心地優先のノーマル・モードよりも、走りに徹したコルサ・モードでの乗車を好んだ。
乗り心地は硬めになるが、それ以上にハイスピードでエキサイティングな時間を過ごした方が目的地へ早く到着出来る上、楽しめるからであった。


山々の切れ目から、朝焼けの光が見え隠れする。

ドメニコはアルベルトに尋ねる。


「Alberto.

Ci conosciamo da tanto tempo, da quanto?」

(アルベルト。

君とも長いが、どれくらいになったかね?)


鋭い視線を眼前に迫るカーブに見据え、ステアリングホイールを回しながらアルベルトは答える。


「Sì, è così dal secondo anno successivo alla fondazione dell'organizzazione da parte del signor Mangusta, quindi credo che il nostro rapporto risalga a otto anni fa」

(ハイ、シニョーレ・マングスタが組織を立ち上げられて2年目からですので、8年となりますかね)


連続カーブをハイスピードで右に左に泳いで行くギブリ・トロフェオの車内、ドメニコは遠い目をしながら呟いた。


「Otto anni... Ripensandoci, sono volati in un lampo」

(8年か………あっという間だったな)


ドメニコは。

◯✕国検察庁の留置場から未明に脱走し、その脚で400Km先の大西洋岸の港を目指していた。

脱走に加担したのは、首都周辺にテリトリーを持つアジア系密売人組織であった。

ドメニコは彼らに200万ペソ(日本円で千八百万円強)を払って助けを依頼し、大西洋岸からヨーロッパへ高飛びすることにしたのだ。


既にイスロという組織は壊滅、頼みの綱の商品であったグレイマンティスもぶさまな姿を晒すこととなり。

仕切り直す他、彼に道は残っていない。


ドメニコは、南欧のティレニア海沿岸の小さな街に生まれ育った。

漁村であり、新鮮な魚介類と海に迫る山々で採れるレモン・オレンジ・トマト等新鮮な農産物の美味いのが自慢だった。

しかし、育った環境は決して安寧では無かった。

少年の頃から犯罪に手を染め、いつしか世界を股にかけた大ボスとなり巨万の富を手にすることを夢見るようになっていた。

その手っ取り早い方法が

"武器商人”

となることであった。



当初の資金は違法薬物の密売によって得ていたが、やはり違法だけに当局に足の付くリスクが付きまとう。

しかし同じ額面の取り引きなら、違法に当たらない武器の方が、より安全で大手を振って商売が出来る。

取り分の割合は薬物より低いが、トータルで考えれば長続きするのはこっちの方だ。

薬物依存者よりも、反政府ゲリラや反体制組織などの方が政治家などから支援を受けているケースが多く、それどころか国そのものとも取り引き出来るケースもある為、金払いがいい。


そしてドメニコは、本拠地として中米を選んだ。

中東では政情が不安定過ぎ、動乱に巻き込まれる可能性が高い。

先進国では規制も厳しく不穏な動きが取れない。

立地条件から見ても、中米ならば南北米は勿論、太平洋沿岸アジア・ヨーロッパ・アフリカへも脚を伸ばせる。


当初は、あくまで"商品のデモンストレーション”が目的だった対外派遣も、取り引き相手である紛争地域の武装勢力らと対等に渡り合う為に「対外派兵師団」を結成。

自らの組織も軍隊の様相を呈して来たのであった。


そうした中、ドメニコが時代を先駆けた商品として目を付け始めたのが飛行ドローンを含めた「軍事ロボット」であった。

しかし、飛行ドローンはミサイル等の弾薬兵器同様需要の大きい反面、他との競合も発生し価格競争を強いられる為。

利益も思っていたほど期待出来なくなった。

従って、極力競合無く市場を独占出来る新たな商品の模索が必須となる。


その商品こそが、人型ドローン=戦闘ヒューマノイドという軍事ロボットであった。

通常の飛行ドローンなどと比べ"使い捨て”では無い為、商品の回転は期待出来ないが、その分各個体のメンテナンス料金で利益を確保出来る。

戦車や軍用車両の類よりも利潤拡大が期待出来る商材だ………ドメニコは、そう見積もっていたのであった。



「Alberto.

È passato un bel po' di tempo da quando siamo partiti.

Anche tu dovresti riposarti.

Facciamo colazione?」

(アルベルト。

出発してから、もう随分経っているね。

君も休憩した方がいい。

朝メシにしようか?)


運転席の背中へ、ドメニコが声をかける。


「Sembra fantastico!

C'è un drive-in a soli 5 km di distanza.

Che ne dici di prendere un po' di

barbacoa?」

(いいですね!

ちょうど5Km先にドライブインがあります。

バルバコアでも食いましょうか?)


アルベルトは疲れも見せず、明るい口調で答える。



この国の高速道路では、日本のそれとは違いサービスエリアのような施設は存在しないが、替わりにドライブインが点在する。

因みにバルバコアとは、羊肉をじっくり蒸し焼きにした料理で。

柔らかい肉をトルティーヤに巻いて食す、手軽な定番メニューとなっている。


そもそもドメニコ自身は高級レストランでの料理よりも、こうした庶民的な食事を昔から好んでいた。

今、行動を共にしている運転手のアルベルトに対しても、他のイスロ職員・構成員達とは態度を別にしていた。

自分と同郷に近い出身だからというのもあるが、何故か、心を許せる限られた存在となっていた。

アルベルトも、それを知ってか。

イスロ総帥という肩書にも特に物怖じせず、ドメニコと接し続けていたのであった。


ドライブインのテーブルは時刻の早いこともあり、この二人以外は見当たらない。



バルバコアに舌鼓を打ちながら、ドメニコは呟く。

「Questa è l'ultima volta che potrò godermela」
(これを味わうのも、今日が最後だな)

このようなドメニコの、しんみりとした顔を初めて見るアルベルト。

「Puoi mangiarla quando vuoi!

Qualcosa del genere.

Ma soprattutto, quando arrivi, goditi una deliziosa pizza. Probabilmente non ne mangi da un po'!」

(また、いつでも食えますよ。

こんなのは。

それより向こうに着いたらピッツァを久しぶりに、たらふく楽しんでくださいね!)


思えば、いつもそうだった。

この男は生粋のイタリアンだ。

常に陽気に明るく振る舞う、南イタリアの太陽のようだ。


ドメニコは、美味そうにバルバコアにかぶりつくアルベルトを眺めながら言った。


「Ti darò quell'auto.

Alberto」

(あの車は、君にやろう。

アルベルト)


「Che cosa?」

(え?)


バルバコアを頬張ったまま、ドメニコを見つめるアルベルト。


「Dopo avermi lasciato al porto, vai direttamente a casa.

Ormai è praticamente parte di te.」

(私を港に降ろしたら、そのまま乗って帰れ。

あれは既に君の手足になってるはずだ)


「Davvero?!

Che meraviglia!!

Che gioia!!!」

(本当!?

なんて素晴らしい!!

ケ・ジョイア!!!)


思わずアルベルトは、両腕を広げ。

口からバルバコアの羊肉を少し吹き出しながら、子供のように満面の笑みで喜ぶ。

吹き出た羊肉の粒が自分の顔まで飛んだが、ドメニコも笑顔のまま。

アルベルトが喜んでくれているのが、ただただ嬉しいのだ。



再び、二人の乗る車はドライブを始めた。



車中で、ドメニコは振り返っていた。


これからの時代を先取りした新兵器として、戦闘ヒューマノイドの開発を選んだのは間違いでは無かった。

ただ………


それに"人の心”を持たせてはいけなかった。


"人の心”ほど、温かく。

"人の心”ほど、恐ろしいものは無い。


"人の心”を戦闘ヒューマノイドに持たせた結果、最も強く恐ろしい、兵器以上のものを生んでしまった。


それが、一号機。

真行寺麻衣であった…………


これが、ドメニコ自身の総括となった。




首都から約4時間。

車は、大西洋を望む港へと到着した。


この港は、歴史的にヨーロッパとの玄関口として栄えた時代もあったが。

現在は定期旅客航路の運航も無く、貨物輸送船のみの航路に使われている。

ただ、ドメニコの古い人脈で、ナポリまで直通の貨物便に乗せてもらうことになった。


波止場の駐車スペースで降ろして貰い、アルベルトに労いの言葉をかけるドメニコ。


「Grazie per tutto quello che hai fatto per me.

Se mai dovessi tornare in Italia, fammelo sapere.

Conosco un ottimo ristorante di pesce.

Offro io」

(今まで世話になった。

イタリアへ帰ることがあったら連絡をくれ。

美味い海鮮レストランを知っている。

御馳走しよう)


運転席から出て、ドメニコとハグするアルベルト。


「Grazie mille!

Ci rivedremo sicuramente in Italia!!

Mi prenderò cura del mio Ghibli Trofeo!!」

(こちらこそ、ありがとうございました!

また必ず、イタリアで会いましょう!!

ギブリ・トロフェオ、大事に乗ります!!)


手を振って車を見送る。


………貨物船の待つ桟橋へ向かいながら、ドメニコは唄を口ずさんでいた。


「Vide 'o mare quant'è bello,

spira tantu sentimento,

comme tu a chi tiene mente,

ca scetato 'o fa sunnà.


Guarda, gua' chistu ciardino;siente, 

sie', sti sciure arance;nu prufumo accussì finodinto 'o core se va stenne.

E tu dice: "I' parto, addio!"

T'alluntane da stu core..


.Da la terra de l'ammore...Tiene 'o core 'e nun turnà?

Torna a Surriento,famme campà!」


(ソレントの海を見てごらん

なんて美しいのかとても感情が溢れてくる

見つめる人々を、目覚めながら夢見心地にさせる


見て、この庭を感じて、オレンジの花の香りを

なんて繊細な香りが心の中に広がっていくことか


それなのに貴方は

「僕は行く、さよなら」と言う

この心から遠ざかり

愛の土地から去っていく


私を見捨てるなんて

心があるの?

ソレントへ帰ってきて!

私を生きさせて!)





その時であった。



タッタッタッタ………

ドスッ


ドメニコは。

背中に何か、のしかかる感覚を覚えた。

更に!


ドスッ


再び同じ感覚を背中に覚え、同時に腹部で激痛が走った。


「!」


振り返ると。

見知らぬ二人の男が、血にまみれたナイフを手にして立っている。

冷たく感じた足元を見ると、ズボンと靴を通じて血が滴り落ち、みるみるうちにアスファルトを赤く染めていく。


ドメニコは、よろけて倒れ込んだ。

視界に入る貨物船が真横に見え、どんどん霞んで行く。

男達だろうか、衣服をまさぐり、財布を見つけると引きずり出す。


タッタッタッタ…………


立ち去ったようだ。




ドメニコの口から。

留置場で叫んでいた言葉が、絞り出された。


「Mamma...

Mamma...

Mi manchi...」

(ママ………

ママ………

会いたいよ………)

 


ドメニコの検察庁脱走の事実が判明し、当局では直ちに使命手配の体制が敷かれた。


だが、その日のうちに。

大西洋側の港で、ドメニコの遺体が発見された。


そのTVニュースを。

麻衣、華裏那、日向、ナタリアも………

目の当たりにすることとなった。


〈帰れソレントへ・完〉



「帰れソレントへ」 ナポリ民謡



※文中の団体・組織名及び人名は実在するものと一切関わりありません


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