弊ブログを御覧頂いている皆さん、いつもありがとうございます!!
HARIMAです。
おかげ様で、私自身人生初の長編?作品
「Kikaider Student」
も物語の連載100話に達しようと佳境を迎え、主人公・麻衣もイスロとの決戦を迎えています。
ストーリーの中で麻衣が必死に闘っているように、作者の私自身も身を削る?思いで麻衣と他登場人物達と一緒に闘っているところです。
今回は、その物語執筆を一先ずお休みさせて頂き。
私自身の今現在感じている、直面していることへの雑感について語らせて頂きたいと思いますので、宜しければお付き合いください。
この2月13日で、私自身が心筋梗塞を発症してから一年になろうとしています。
その時は一ヶ月後の3月12日まで意識不明のまま二度に渡るカテーテル手術と集中治療室での生命維持を受け続けることとなり。
これも私自身にとっては人生初の、実質"無い”一ヶ月となりました。
その間は勿論、意識を取り戻し一般病棟に移ってからも自身の力で立てるようになるまで一ヶ月以上、退院まで更に二ヶ月以上もの時を病院スタッフの皆さんと。
妻の献身的な支えに助けられ。
今の私が居ます。
それまで私は心筋梗塞の他、10年前に原因不明の難病
「SLE(全身性エリテマトーデス)」
が発症し、他の病気でいうステージに値する
"ループス”
の最も重篤な段階である"4”に陥り。
その時も年末年始を挟んだ二ヶ月半という期間の入院を余儀無くされました。
それから約8年は寛解(発症が収まること)が続き、日常生活も仕事も卒なくこなすことが出来ていましたが、2023年にやはり原因不明のウィルス性の眼の病気
「急性網膜壊死」
にかかり、あわや両眼失明の事態で3週間の緊急入院で奇跡的に回復しました。
が、その僅か3ヶ月後2024年春に右目の網膜剥離が起きてしまい、こちらも緊急手術入院で1週間。
その治療が終わり二ヶ月後、今度は左眼の白内障が発症し、それは緊急性が無く保留となっていたものの。
その年の秋に椎間板ヘルニアからの坐骨神経痛を発症、痛みで歩けなくなり入院までは至らなかったものの、連日痛みを堪えながらの日々が続きました。
"からの〜”心筋梗塞でした。
本当に今振り返ると、そんな状態でよく仕事をこなしてこれたと自分で思ったりします。
何より妻には、そのように何かと夫が重篤を繰り返していた為。
その度に様々な意味で神経を擦り減らすことを強いてしまったことを大変申し訳無く思っています。
本当に、よく付いて来てくれたと。
感謝の言葉が見つかりません。
そして、それまで入退院を繰り返しながらも私の回復を待ち、雇って頂いた前職場にも感謝です。
しかし、さすがに最終的に
"心臓の稼働率60%”
と医師から告げられた社員に対し事業主は、それまで担当だった1日平均200kmの車での移動、行く先々の顧客の機械メンテナンスというハードワークを任せるわけには行かないと判断され。
28年間勤務の職場を解雇され、現在に至ります。
しかしながら自宅での長い療養期間が功を奏し始めたのか、現在ようやく以前の体力を取り戻しつつあります。
今現在は傷病手当と退職金で何とか社会保険料や健康保険料、医療費を賄ってはいますが、早いうちに収入先を確保しなくてはなりません。
先日、当ブログにて
「自然とは闘う相手」
といった意味合いの記事を書かせて頂きましたが、この"闘う”という概念は己の人生そのものにも当てはまることと、これまでの経験により合致いたしました。
闘わなくては、生き残れないと。
闘って、闘って、その度に克って来たからこそ今の自分が居る………
この入院中に最も心身ともに御世話になった、男性看護師の方に言われた言葉があります。
「HARIMAさん自身に"闘う姿勢”が見えたからこそ、我々も協力しようという気になれたんです」
と。
せっかく周りの方々の支えを頂いたとしても、当の本人に困難に立ち向かう気概が無くては何にもならないのだ………
そう強く意識するようになりました。
私が仕事を失い、この数ヶ月の間。
意気消沈せずに日々を過ごしてこれた要因の一つ。
それが「Kikaider Student」の執筆だったと言えます。
登場人物達と一緒になり、たとえ理不尽であろうと己の運命を受け取め。
支えて貰っている方々への思いを忘れず。
「前を向き続ける」
ことの出来ている事実に、改めて感謝する次第です。
