勝負の日が来た。
まずは…………
私に、この日を迎えさせてくれた全てに感謝したい。
今年、私は本当に命を落とそうとしていた。
再び大地に立つことも。
操縦桿を握ることも。
二度と無いかも知れなかった。
それを覆し生還を果たした。
しかし二本の脚で立てるようになるまで二カ月半、歩けるようになるまでは三カ月以上を要した。
病院を後にするまでは、半年を要した。
心臓の力は60%まで落ちていた。
仕事も失った。
再び「生きよう」と、自分を前に向ける為にどうするべきか?考え続けた。
それは…………”闘う”ことだった。
死神に連れて行かれそうになった、人生の危機。
「人生とは…………闘いだ!」
部屋で朽ち果てていた、一台のラジオコントロールカーが私に教えた。
「もう一度、奴と闘う為に」
それが、私を立ち上がらせる力となった。
妻は反対した。
もう外で遊ぶのは、やめてくれと。
30年近く苦楽を共にして来た模型飛行機も、45年近く勝負に明け暮れたラジオコントロールカーも捨てて。
いつ、どこで何が起こるかわからない身体になってしまった私に、大人しく余生を暮らすように頼まれた。
確かに妻には苦労をかけ続けている。
私が生死の境を彷徨い続けていた一ヵ月間は勿論、無職となった現在も妻を追い詰めていた。
その気持ちを、無下にすること等できるはずも無かった。
しかし……私は悩み抜いた末。
”生き続ける”為に”闘い続ける”ことを選んだ。
冷蔵庫の中の、しなびた菜っ葉のようになり果てて、何が”生きている”と言えようか。
たかがラジコンカーと人は笑うだろう。
だが。
私を救ってくれる、全ての力を得た今。
この闘いの舞台に再び帰ることが出来た!!

何と清々しい瞬間を共にしたことだろう!
闘いを終えた爽快感が、私と三鷹を包んでいた。
〈おまけ〉
反骨のトイラジ・オフローダー
CCP・JEEP Wrangler もコースを走った。













