「今日のフライト」はお休みとなりました。

…………といっても、昨日のスキーの疲れが残っていた為ではありませんよ(笑)。
ホントです(笑)。
今日は一日雪が止まなかったのと、普段フリーフライト機を飛ばしている場所がイベントに使用されていた為で、ラジコン機もフリーフライト機もお休みとしました。

おかげで、本当に久し振りに?
アチコチ飛び回らず「家で大人しく過ごす休日」となりました(笑)。

今日はむしろ、不思議なくらいに体中がサッパリした感じ。
本当に全然疲れも筋肉痛も ( まだなだけかも ?) 無いんです!
それだけでなく、あれだけ連続して滑走しまくったおかげで、かえって日頃のストレス?も解消できた感じで ( 笑 ) 。
やっぱり、体を動かすことってイイですね。

敢えて「スポーツってイイですね」と書かないのは、私にとってスキーは子供の頃からの「冬の遊び」で。
といっても、甘くみているのではなく「欠かせない遊び」で。
小学校卒業まではスキーというものを改めて「スポーツ」って意識したことは無かったし、未だに「スポーツ以上の何か」とも表現したくなるからです。
子供の頃。
日曜日になると私達は兄弟や友達と連れ立って、子供達だけでスキー場へ遊びに行っていたようなものでした。
リフトシーズン券=当時子供料金で3,000円=を買ってもらい。
近くの駅から出てる、スキー場無料送迎バスに乗って。

この度スキーを再開するにあたり、様々な方より励ましや御心配の御言葉を賜りました。
その中で。
自分でも意外なくらい意識して無かったことに「年齢」の件があったのです。
「病気以前に、歳のことも考えて」との助言を何件か頂いて初めて「そういえば、自分って 5 1 歳だったな」と思い出す有り様で(笑)。
SLE の影響以外のカベというものを、全く心配していませんでした。
それは何故だったかと考えたら…………
スキーのことを考える時に、いつも私は心身ともに子供だった昔の頃に戻ってしまうからなんだと気付いたのです。

私だけでなく、魚沼エリアで生まれ育った人間のほとんどがそのようなんですけれど、初めてスキーを履いた日の記憶というのが無いんです。
例えば、後から、親の撮っておいてくれた写真を見て初めて3才の時だったことがわかる、といった具合に。
それほどスキーとの関わりが人生に深く長く入り込んでいたが為に、SLEなどという突然やって来た得体の知らない病気のせいでスキーを突然手離さなければならない事実を受け入れるのも、私には考えられなかったのです。

昨日、リフトで相席になった地元男性客の方は御歳 6 3 と言われてました。
私の年齢を聞くと「まだまだ、これから盛んだな」と笑ってリフトを降り、最大斜度 3 2 ゚のコースへと向かって行かれました。
たまたま今日はリフト一日券が1,000円だと聞いて来てみた、と言われていたはずでしたが(笑)。
彼にとっても未だにスキーは「幼い頃からの冬の遊び」なのでしょう。
6 3 歳なら 6 3 歳の、5 1 歳なら 5 1 歳のスキーをすればいい…………
実は私の周りには、そんな先輩方がたくさんおられます。
TVで三浦雄一郎さんのスキーの話題が出ることがありますが、確かに凄いですがアリだとも思います。

日本で初めて、我が新潟県の今の上越市金谷山にスキーが伝来した 1 0 8 年前以前の雪国の人間達は。
深い雪に埋もれた、真昼でも暗い家の中に引きこもったまま冬を耐え抜くしかありませんでした。
しかし、その翌年に「豪雪地域の住人を暗い家の中から外へと誘い、心身とも健全に愉しく冬を越させる」奨励の目的で、同じ新潟県の魚沼エリアへ伝えられたスキーは。
私の祖父母の代以前より住民に D N A として受け継がれ、今現在の私の体にも生きている感じです。
「冬の欠かせない遊び」「スポーツ以上のもの」たる由縁です。

これからも、模型航空機に熱を入れる時間もある一方で。
私の心身・D N A はスキーを欲して止まないことでしょう。


< 1 9 7 7 年冬、当時 1 0 歳の HARIMA。 
スキーのイロハを教わった父親と >