毎年8月2日・3日は。

新潟県長岡市の「長岡祭り・大花火大会」の開催日です。


長岡祭りは、戦争の最中であった1945年8月1日に米軍による空襲を長岡市が受けたことによる犠牲者を追悼する目的で、戦後ただちに開催されるようになりました。

空襲を受けた8月1日には追悼式典と、市内の川に於いて鐘楼流しが行われます。

そして。

空襲で亡くなった多くの市民の為に・・・・・

日本一とも言える程の、大きな大きな花火を打ち上げて御霊を弔うこととなったことが、今日の長岡大花火大会の始まりです。




私の職場は、その長岡市にあります。

花火大会当日は社屋の屋上にて、顧客向けの接待を行っています。

こちらから、打ち上げ場所の信濃川河川敷が見渡せます。






・・・・・そうした長岡花火の歴史の中で。

21世紀に入ってから、新たな出来事が発生しました。


2004年10月の、新潟県中越地震。

それまで我が国で類を見なかった山間部マグニチュード7の直下型地震は、この長岡市を中心とした新潟県中越地域を襲いました。

自治体の中には全村避難を余儀無くされた被害の市町村もありました。

復旧の見込みの立たないまま過ぎ去って行く日々の中で人々は疲弊し、希望を失いそうになりました。

そうした中で。

避難中のラジオから流れてきた、平原綾香の「ジュピター」。


”独りじゃない”


そのフレーズが象徴する、この唄に多くの方々が勇気付けられたのです。


震災発生の翌年。

未だ復興も途上の中、祭りどころではないのでは?という状況の中で。


いや!


やはり、こんな時こそ。

長岡は花火を上げるべきだ!!

それも・・・・・みんなを勇気付け、明日へ進んでいくエネルギーを与える、大花火を!!!


そうして。

多くの皆さんに義援金を賜り。

実現することとなったのが、他に例を見ない超特大のスターマイン「フェニックス(不死鳥)」です。

この花火の収益金は、全て災害復興に向けられます。


全長数kmにも渡る長さで同時に・・・・・しかも。

何度も。

何度も。

何度も繰り返し上がる複数の真っ白なスターマイン。

その姿は・・・・・

何度も繰り返し甦る不死鳥フェニックスが、その大きな羽根を広げて飛び立つように見えます。

バックに流れる、平原綾香の唄う「ジュピター」にその身をまかせながら。


・・・・・・新潟県中越地震の7年後。

東日本大震災が発生。

その時も、同じ思いを東北へ向けてフェニックスは打ち上げられました。


そして、今年も。

フェニックスにかける、新潟県中越の思いは。

「平成28年熊本地震」発生の九州へ向けて解き放たれています。


全ての被災地が。

不死鳥のごとく、甦ることを願い・・・・・・・!!



<以下、一部ではありますがフェニックスの動画です>