剣持刑事37歳のアパート。

平日ではあるが非番の為、剣持は久々に"ミニカー・コレクションの棚卸し”をしている。


彼のコレクションは、子供の時から集めたものから数えてスケール・車種問わず既に300台にも達しようとしていた。

中でも国内メーカー・海外メーカーの仕分けが、近年になり難しくなり剣持を悩ませていた。

昔は海外メーカーが日本車のモデルを販売する例はごく稀だったが、近頃は国内メーカーと張り合うがごとく日本車モデルを発表する例も少なくない。

その主な車種はスポーツカーやラリーカーといった所謂"走りのモデル”だ。

以前は1/60クラスの小スケールは国内メーカーのクオリティが、玩具全としていた同スケールの海外メーカーのものを圧倒していたが、今は違い。

パッケージから出して並べると一見見分けが付かない程の出来となっている。

マニアによっては車両をパッケージから出さぬままコレクションし、プレミアの付いたところで転売する者も居るが。

剣持はそうした"資産運用”のようなやり方は邪道だと頑なに考え、あくまでパッケージから出してアクリルのコレクションケースにレイアウトしている。

ただし同色の同車種である場合、マニアの剣持でもいちいち車底部の刻印を確認しないと違いすら分からなくなっていた。

床にミニカーを敷き詰め、真剣な顔で一台一台をチェックしメモ帳に書き込む剣持の横で。

ソファに寝転んだ由美香がスマートフォンのゲームに興じている。

剣持にとっては貴重な休日の一日だが、私立高校三年生の由美香は早々に自由登校となっていた。

「…………ふぅ、ちょっと休憩しようかな」


額の汗を手で拭いながら、剣持は立ち上がりキッチンへ向かおうとする。

由美香が顔を上げる。


「あっ、ウチ。

コーヒー淹れるから」


「いいよいいよ」


剣持を制して由美香は立ち上がり、手慣れた様子でキッチンのサイフォンを操作する。

コーヒー抽出を待つ間、由美香と剣持はソファに並ぶ。

由美香は剣持の手を取り愛おしげに撫でつつ、肩を寄せて来る。

そんな時、剣持の心も安寧に満ちていたが、近頃気になっていることがあった。

高校三年生の冬ともなれば、何を置いても進路の話が出てくるものと思っていたが。

そうした話が由美香からは一切聞かれないのであった。


(一体、この子はどう考えているのだろう)


"大人”としての剣持も、知りたくなっていた。


「あっ、そろそろ…………」


由美香は立ち上がってキッチンへ向かい、コーヒーを移したカップをソーサーに載せて二つ持って来る。

手渡しで剣持はコーヒーを受け取る。


「ありがとう」


一口啜り、剣持は一息ついてから切り出した。


「由美香ちゃん…………

実は、気になっていることがあるんだけど」


「なになに〜?」


真っ直ぐに顔を向けて由美香が尋ねる。


「もうすぐ卒業だよね。

…………由美香ちゃんは、どうするの?」


すると、間髪入れず由美香は答えた。


「うん、もう決まってるよ!」


剣持は少しホッとする。


「そっか。

それなら安心した。

いや、由美香ちゃんから全然話が無いんで、ちょっと心配してたんだよ」


由美香は嬉しそうだ。


「ゴメンね〜!

ウチのこと、心配してくれてたんだ!」


少し、はしゃぐくらいの由美香が可愛く思え。

思わず剣持も笑顔になる。


「…………で、どこか進学するの?」


安心しながらカップを口に運ぶ剣持に、由美香は笑顔一杯で告げる。


「ううん!

進学なんてしないよ。

ウチ…………お嫁さんになる!!」


ブハァッ!!


思わずコーヒーを吹く剣持。

棚卸し中のミニカー達にかかったか!?

危うかったがセーフだった。


「ゴホッゴホッ」


咳き込む剣持の背中を、甲斐甲斐しく擦る由美香。

涙目になりながらも剣持は由美香に顔を向け、尋ねる。


「…………え?

ゴホッ、お、お嫁さんて!

ゴホッ、だ、誰の!?」


由美香は拍子抜けしたような、拗ねたような顔を傾げて言った。


「そ〜んなん決まってるじゃん!?

剣持さんだよ!

ウチ、剣持さんのお嫁さんになるの!!」


言葉を失う剣持。


「ウチ。

もう決めたんだぁ♡

てか、ちょい前から考えてたんだけどね、やっぱ、あのクリスマスがキメテだったなぁ♡」


夢見る少女のような顔で宙を見上げる由美香の横顔に、ようやく剣持は言葉を絞り出す。


「ゴホッ…………ちょ……ちょと待ってくれ…………

ちょっと待ってくれ!」


「なあに?」


怪訝そうな顔の由美香に、涙目のまま剣持は語る。


「ハァ………………

由美香ちゃん。

結婚て、どういうことか、わかってる?」


「わかってるよ!

ウチ、子供じゃないし!?」


「…………いや、そんなんじゃなくて。

まだ、その若さで、自分の人生決めちゃっていいの!?

もっと、やりたいこととか、学んでみたいこととか、あるでしょう?」


剣持の反応に、由美香は寂しそうに俯いた。


「…………ウチじゃ、ダメなんだ?」


剣持は慌てて否定する。


「いやいや、そういうことじゃなくて……」


「じゃ、ダメじゃないんだね!?」


念を押す由美香の瞳には、少し涙が浮かび始めていた。

剣持は自分自身を落ち着かせるようにコーヒーを啜る。

手が震えている。


「ビックリしたけど、由美香ちゃんの気持ちは凄く嬉しい。

信じられないくらいだ…………でも。

結婚は只の恋愛とは違うんだよ。

幾つもの難関を潜り抜けなくてはならない大問題だから、それなりの覚悟が…………」


まさかの求婚カミングアウトに、どこから説明すれば良いかも解らずパニックする剣持。

それに由美香が追い打ちをかける。


「ウチは覚悟出来てるよ!!

ホラもう、赤ちゃんも産めるし!?」


そう言って由美香は真剣な顔で、自分の両胸を下から持ち上げる仕草を見せる。


ブハァッ!!

今度は間に合わなかった。

先程より更に勢い良く吹き出す。

顔を背ける余裕も無く、手前にあったランチア・ストラトスHFラリー仕様を、吹き出したコーヒーが襲った!


ああ、ああ!とポーチからハンカチを取り出し、剣持の衣服へ付いたコーヒーを甲斐甲斐しく拭う由美香。


「ウチ…………決めたんだ。

剣持さんと幸せな家庭作って、良妻賢母になるって!」


むせて咳き込む剣持を抱きかかえ。

背中を擦りながら由美香は、言い聞かせるように耳元で呟いた。

剣持は涙で霞む視界の奥の、コーヒーまみれとなったランチア・ストラトスHFのミニカーを。
言葉も出せずに見つめていた…………


〈由美香の進路・完〉


※文中の団体・組織名及び人名は

実在するものと一切関わりありません

キャラクターアプリ;Picrew.me ChatGTP

Gemini

画像アプリ;You Can Perfect