気仙沼の友人へ。 | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。

これまで皆さんにお話しなかった事があります。

私の大学時代のクラスメートに、宮城県気仙沼市出身の友達がいました。

彼とは在学中、入学当時から卒業後まで、本当に仲良くして貰っていました。

東京都内の大学を卒業後、彼はすぐに故郷である気仙沼にもどり、地元高校の教師になりました。
そして地元の女性と家庭を持ち、二人の可愛いお子さんにも恵まれました。

毎年、毎年年賀状だけは欠かさず送ってきてくれて、新築した豪邸の写真だったり、成長著しいお子さんの写真だったりを見るのが私の楽しみでした。

きっと、クラスの中で一番幸せな卒業後を謳歌しているのは、彼かもしれない。
私もそう信じて疑いませんでした。


しかし。


2011年3月11日。


新築したばかりの彼の自宅の建っているはずの気仙沼市内のTV映像……

おびただしい瓦礫。
海水に飲み込まれた市街地。

さらに、夜にはそこ辺り一面に巨大な火柱が上がり、焼かれていました。


私は身体がすくみ、どうすることもできませんでした。

いろいろなアクションを起こさないといけないと、理屈では言えたかもしれません。

しかし、私は怖かった。
真実を知るのが。

自分の最も恐れていることが、現実だとしたら。

人の消息を知ることが、こんなに怖いことだとは知らなかった。

2011年暮れに、勇気を出してお見舞いを兼ねた年賀状を出しました。
心底恐れていました。
「宛先不明」と、かえってくるのを。
でも、受け止めなくてはならない。
真実から逃げることこそ、彼に失礼だと思いました。

年賀状は、かえって来ませんでした。
でも……返事も来ませんでした。


翌年にまた、年賀状を出しました。
やはり、勇気が要りました。


返事がかえって来ました。

彼は、生きていてくれました。

彼の御家族も、皆無事でした。

新築したばかりの家は、丸ごと流されたそうです。
今は気仙沼から少し離れた、高台の街に暮らしているそうです。

「いろいろなことがあり過ぎて、連絡が遅れてしまってごめんなさい」

そう書いてありました。

謝らなければならないのは、私のほうなのに。


彼は今、地元の高校に勤務しながら、大震災の記憶を語り継ぐ運動をしています。

文ちゃん。
生きていてくれて、本当にありがとう。