竹馬の友。 | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。


台風12号の上陸が迫り、気持ちの荒んだ今月初めの金曜日。

友人・三鷹(さんたか)から一本のメールが届いた。

三鷹は南魚沼に住む、私の中学生時代からの友人だ。

私夫婦の披露宴のスピーチも彼が受けてくれた。

少年の頃からよく遊んだが、今はお互い家庭の良き?父親となっている。



「今度の日曜日、糸魚川(新潟県糸魚川市)にマツダ787B見にいかね?」


マツダ787B?なんだっけ、そりゃ。


・・・・ああ、思い出した。

もしかして、20年近く前のル・マン24時間レースで優勝した初の日本車だったよな。

スポンサーは下着メーカーのレナウン。

そう、チーム「レナウン・チャージ・マツダ」のレーシング・カーだ。


最近、地上を走る物は鉄道以外に興味を示さなくなってしまった私は、最初ピンと来なかったのだった。


しかし、誘ってくれた三鷹はウハウハだった。

「あの787Bが来るんだぞ!!」


しかし、どうして男というものはこう、乗り物の形式を表す数字を語り出すと得意になってしまうんだろう?

レーシングカー787B。

電気機関車EF58。

ディーゼル気動車キハ40。

トヨタのカローラレビン・スプリンタートレノ、日産のシルビアという一般車だってわざわざAE86。AE92。AE110。またはS13。S14。S15。

フェアレディ・ゼットという車ならS30。

280。

240。

432。

少なくとも私の周りの男どもは、昔からそんな輩ばかりだ(笑)。

もちろん、かくいう私だってそういう人種に違いは無い。

昔私が乗っていた、いすずジェミニという端から見ればタダのファミリー・カーでさえも、PF60という形式名で呼んでいた。


女性だったら、きっと名前・愛称(商品名)で呼ぶ方がほとんどだろう。


それはそうとして、9月4日の日曜日は台風12号が日本海上に抜けたばかりだったが、友人・三鷹の運転で魚沼から100km以上離れた富山県寄りの港町・糸魚川市で開催された日本海側最大とも言える自動車イベント「日本海クラシックカー・レビュー」に行ってきた。


道中、車の中では改めて、古い友人同志であるはずの二人の興味が噛み合わなくなっていることに気付いた。




・・・・・・・今でこそ私は飛行機と鉄道に心酔しきっているが、少し前までは自動車・バイクに夢中であり、古い友人達と行動を共にしていた。

それこそ遡ること小学生時代のスーパーカー・ブームから始まり、電池とモーターで走るプラモデルを持ち寄って校庭や駐車場を占拠?までしてレースを開始した。

プラモデルのレースはやがて電動ラジコンカーのレースとなり、普段は仲の良い間柄でも真剣勝負・激闘を繰り返した。

16歳となり、原付オートバイの免許を全員が取るころには各々自らがマシン?に乗り込んで近くの峠道に走りに行き始めた。全員、自分が当時憧れたグランプリ・レーシング・ライダーになりきっていた。

高校時代、雪が積もりオートバイに乗れない魚沼の冬場にスキー場のレストランでアルバイトして稼いだ金は、ほとんど全てがオートバイのパーツ代やガソリン代に費やされた。


原付を卒業し、乗っているオートバイも中型(現:普通二輪)に変わり、車にも乗るようになってからも我々の基本的精神は変わることが無かった。オートバイ・車とも我々にとってはスポーツそのものだった。


20代も半ばになるころ、中断していたラジコンカー・レースも復活させ、特設サーキットを作り毎月死闘?をまたしても繰り返した。たとえラジコンカーのレースとて、負ければ火のように悔しがり、雪辱を期した。


そうして我々は小学生から中年にも渡る20年以上の歳月を、模型・実車問わず独自の「モータースポーツ」に費やして切磋琢磨?し、ともに過ごしてきたのだった。



そんな我々が30代半ばを迎えた頃、「ラジコン飛行機をやりたい」という私の突然?の申し出に、皆は唖然とした。

「オマエが飛行機だと?笑わせるな!!」

「絶対無理無理!!」

罵声が飛んだ(笑)。

しかし私はその時既に、単独で模型飛行機を修得していくプランを固めていたのだった。


ほどなくして私は仲間達の前で、多く想い出残るラジコンカー・レースから撤退を宣言。

模型飛行機の道に進む決意を示した。


思えばその時こそが、その仲間達と20年以上同じ道を歩んできた私が、初めて袂を分かった瞬間でもあった。




・・・・・・糸魚川へ向かう道すがらは、オートバイ・車の話の他に鉄道車両の性能の話、飛行機の話が交差して続いた(笑)。

年相応にお互い仕事での苦労話もあったが、やはりこの男・三鷹との会話の中心は昔と変わらない。


「最近、地上は鉄道以外興味が沸かん」

そう言っていた私であったが、会場に着き、名車達に取り囲まれた瞬間。

見事に少年に戻っていた(笑)。


特に幼い頃憧れ、一生見ることは出来ないだろうと思っていた車達の姿を目にした時、私の頭の中は別世界となった。


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マツダ・コスモスポーツ。



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トヨタ2000GT。




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シェルビー・コブラ427SC。



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特に、このシェルビー・コブラ(’50年代アメリカ製)は、絶対一生逢えないと思っていた車だった為、感激はひとしおだった。





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三菱ギャランGTO。




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トヨタ・パブリカ。



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ポルシェ356A(ドイツ)。




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ロータス・スーパー7(イギリス)。




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フェアレディ240Z。



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フェアレディZ432(DOHCエンジンS20搭載)。



・・・・そして1991年、伝統あるル・マン24時間レースを初めて制した日本車、マツダ787B。


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世界を制した4ローター・ロータリー・エンジンは、信じられない程小型でした(軽自動車のエンジン並み)!




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会場には、当時マツダのレーシング・チームのメカニックだった方とドライバーを務めた方も来られ、当時のお話も聞くことができました。




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そして圧巻は、このエンジンの爆音も聞かせて頂いたこと!

「4ローター・エンジンはもの凄い高周波音ですので、耳栓のある方はして下さい!」との司会者の方。

期待を越えてセル・スターターの音から既に普通ではなく、エンジンの咆吼は耳から脳天をつんざきました(爆)!!!!!

これが、ル・マンを制した4ローター・ロータリー!!

お聞かせできないのが残念!


この787B。

今年のル・マン24時間レース(6月・フランス)に主催者側から招待され、デモ走行を行いました。

車体には「がんばれ日本」のステッカー。

東日本大震災を追悼しつつ、787Bのような「強い日本」の復興を願ったル・マン主催者の思いから実現されたのでした。



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白いシャツは、エンジンを撮影中の三鷹。



三鷹へ。


正直、最初は気が乗らなかった。台風も去ったばかりで、なんで今更レナウン・マツダを見に糸魚川くんだりまで!?と思った。

鉄道博物館の方に行きたいと思っていた(笑)。


でも・・・・・・

こんなマシン達に囲まれて、普通でいられるわけねーだろうがっ!!

見事に、この俺を完全に車大好き少年に戻してくれたなっ(笑)。


「昔は良かった」という言葉は嫌いだが、昔の車達は、みんな本当に輝いていたな!!


そう・・・・・・俺達の青春のように(爆)。

笑うな。(by金井)










そして。

今回は本当にありがとう。


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<会場内で交通遺児救済募金をした三鷹を無理矢理撮影>