最初から二両買ってれば良かったのですが(笑)…
今日10月14日は「鉄道の日」とのことです。
私のブログ一周年記念に購入したトミー(現;タカラ・トミー)プラレールシリーズ「東北地域本社色キハ40型」も先日もう一両追加して連結し、JR只見線本来の二両編成としました。
下敷きは歴史春秋社(本社・福島県会津若松市)2001年版「望郷 只見線」という写真集です。
鉄道ファンの方でなくとも、ローカル線をとりまく「日本の原風景」たる情景を堪能できる素晴らしい写真集です。
この写真集の中で、特にこのJR只見線は雪深い新潟県・福島県境の山々を通過する路線であることから、本当に四季折々の風景、山間に住む人々の生活を写し出すとともに、そうした人達と大自然にうまく溶け込んだ鉄道の姿を浮き彫りにしています。
また、エコが叫ばれている昨今、これ程必要最小限の開発とエネルギーで運行し、大自然を壊さずに溶け込める乗り物のテクノロジーは他に無いとも感じられます。
手にする機会があれば、是非とも御覧頂きたく思います。
この只見線鉄道車両として使われている「キハ40」とは、1970年代前半に酷寒の北海道の路線向けに登場した気動車(ディーゼルエンジン駆動)です。
大きく分けて当初の北海道(酷寒地)向け100番台他、本州寒地向け500番台、温暖地向け2000番台が現存します。
只見線仕様のキハ40は1977年に作られた、このうちの500番台に該当し、北海道向けの二重窓ガラスを採用していない以外、車輪のサスペンションが金属バネではなく空気バネ※使用の点などはほぼ共通のようです。
※(金属バネだと冬はバネの間に雪氷が詰まってしまう為)
搭載されている6気筒ディーゼル・エンジンの出力は220psと決してパワフルではありませんが、一車両あたり定員最高96名を運べ、冬は積雪4mをも越える勾配のきつい県境の山間部を30年以上も走り続けた姿には、数字を越えたエネルギーを強く感じるものです。
私は高校時代、この只見線ではなく電化された上越線のクハ115系列車で通学していましたが、一晩に1mの積雪を超す大雪の日に115電車の上越線が止まってしまい学校へ行けなかった時も、只見線で通学していた地域の連中はちゃんと学校へ到着できていました。
それ以来、スピードは遅くても「雪に強い只見線」のイメージが私の脳裏に焼き付いているのです。
利用客の減少で、これまで何度も「廃止」の危機に立たされてきた只見線ですが、その度に地域住民並びに熱烈な愛好者の継続要請によって赤字覚悟ながら命を繋ぐこととなり、現在に至っています。
決して力は強くなく歩みも遅いが、コツコツと役割を何年にも渡り果たして行く。
大自然に囲まれ、冬は山ほどの雪に阻まれ、たとえ型が古くても決して弱音を吐かず、決して大勢に支持されてはいないが根強い理解者が存在する。
そんな只見線のような人間に、なれたらいいなと思う今日このごろです。
「鉄道の日の只見線」
’10年10月14日 16:14 PM
パナソニックW52P 露出0
小出~藪神駅間 魚野川鉄橋にて
