魚沼の雪を描く。 | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

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風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。

ハインケルーパーの独り言


亡き父の所属していた某中央の絵画会派が、明日5日まで長岡市内で巡回展を催しています。


作品点数は正式会員、準会員、会友、その他方々の作品含め111点。内、新潟県支部員さんの作品が50点。

父は正式会員に承認されてから病魔に倒れましたが、もし健在ならここに作品が飾られていたことになります。


この会派のメンバーの方々は全国規模で、正式会員の作品は東京都の国立新美術館での会派展覧会を皮切りに、全国の巡回展を廻ることとなります。


既に、父は絵筆をとれなくなって10年以上の歳月が流れてしまっていた為、この会派の方でも父と面識のある方は少なくなっているはずでした。


父は、洋画(油彩)のモチーフとして魚沼の深い雪に埋もれる里の集落を好んで描き続けていました。

いろいろな方が「雪の風景」を描いているのを私も見たことがありますが、お世辞にも父の描く雪の風景は、息子から見ても「美しい」とは言い難いものばかりでした。


サラサラのパウダー・スノーとは違う、水分を多く含んだ重い、重い、越後魚沼の雪。

その重い魚沼の雪に、今にも押し潰されそうな民家。

雪の色もゲレンデで見る目映いばかりの白さは無く、どこも灰色がかっていて、その雪の色が更に風景を重苦しく演出しているような、ハッキリ言って「暗い」絵でした。


しかし、父はこう言って憚りませんでした。


「これが越後の雪だ。この雪の重さに潰されそうになりながらも、しっかりと支え合って生きている人々の姿を俺は絵にして、見る人に伝えたい」


父は、自分の絵の中に「雪国の生活の現実」を写しだそうとしている。私はいつもそう感じながら父の絵を見て、父が作品を描く姿を見て育ちました。

今はもう、そうした姿も、新しい作品も見ることはできなくなりましたが、こうして所属していた会派が巡回展を開く度、会の方々の作品を拝見して当時の父の情熱というものを再び感じ取ることだけはできます。


私と兄も幼いうちから父の写生につき合わされ、絵画に関しては妥協を許さない指導を受けてきました。

私自身は学校のクラブ活動止まりでしたが、兄に至っては美術大への進学も勧められ、父とともにアトリエに籠もっていました。

そうした経験を重ねてきはしましたが、結局私には「絵」というものが解らずじまいで終わってしまった気がします。

所詮は父のホビーであり、私のホビーではありませんでした。

模型飛行機を、私が自分の子に勧めて教えているのと同じことでした。



ただ、父から確実に受け継いだと言えるものがあります。

それは「自分の人生を豊かにする」為の二つの方法。

一つは、仕事でなくてもいい、何か生涯通して打ち込めるものを見つけること。

二つ目は、自分のルーツである故郷のことを正しく理解すること。

この二つを大事にすることによって、自分がこの世に存在する意義というものがハッキリ見え、前を向いて生きて行けることを私は知ったのです。

この二つを大事にすることによって、何かの壁に突き当たったとしても、打ち破ろうとするエネルギーが生まれることも知ったのです。


父から学んだ中で、この二つの事だけは自分の子にも引き継いで伝えて行きたい。そう考えています。


冒頭の写真は父の作品ではありませんが、現正式会員の中で唯お一人、生前の父を御存じとみられる地元会員の方の作品です。

心なしかモチーフやテーマも父に近く感じられるので、ここに御紹介させて頂きます。

この方の描く雪も、一目見て「越後の雪」だとわかります。




スノー・スポーツをお楽しみの皆さんは、きっと新潟県に限らず全国のスノーリゾートを御経験され、各地それぞれの雪に違いがあることを既に御存じかと思われます。

そのそれぞれの雪には全て「意味」があると、私は考えます。


よろしければ雪を御覧になる時、その地域の人々が、その地域の自然と向き合って生きてきたドラマというものにも想いを馳せて頂ければ、嬉しく思います。