航空機達へ。(その2) | 風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。ハインケルーパーの独り言

風・雪・海・空。


その軽やかさと勢い、風の如く。

その重きこと・染み渡ること、雪の如く。

その思慮深きこと、海の如く。

その志高きこと、空の如し。



そんなブログを目指して行きたい。


ハインケルーパーの独り言
今日、仕事でお邪魔したお客先にあった、カレンダーの一部です。



つい、この前に書いた運転免許更新の記事(「残念だったこと。」)でも書きましたが、私はどんな仕事でも最終的に「人対人」の問題だと信じています。

でも、それは何も仕事のことだけに限らないとも思いました。


国と国との関係も、もとをただせば人対人ではないかと。


肌の色、言葉、宗教、生活習慣全て違う人達と、最初に出くわした時、どうしましょうか。

共通項は唯一つ。「人間であること」。

人間である以上、泣く。笑う。怒る。悲しむ。喜ぶ。憎む。感謝する。・・・・

人間である証。それだけを忘れない限り、たくさん分かり合えることがあるのではないでしょうか。


そんなことを書いている私でも、決してあってはならないことですがもし、今自分の住む町に爆弾が落とされて、家族を全て失ったとしたら、きっとそんなことは言っていられないでしょう。

きっと、私もケダモノになってしまうことでしょう。

だからこそ、そうなる前に・・・・・

その「決してあってはならないこと」だけは、断じて肯定できない。

その「決してあってはならないこと」は、一人ではどうにもならない。

その「決してあってはならないこと」が起こる理由や原因は排除されなければならない。その為に・・・・


「人対人」でなくてはならないと思います。人間である証を、見せ合うべきだと思います。

それを行うより先に暴力で相手を押さえつけるようなことが起きてしまったら、人間として信じ合えることは到底できなくなってしまうでしょう。少なくとも、信頼関係を回復するには途方もない時間とエネルギーと誠意がなければ無理になるでしょう。


私の母は73歳ですが、自分の父親(私の祖父)に会ったことがありません。

母が祖母のおなかの中にいる間に、父親が招集された中国で戦死してしまった為です。

日本へ、祖父の遺体が帰ってくることはありませんでした。

残されたのは、僅かの遺品と、3枚の写真だけでした。


世の中には、原子爆弾の後遺症に65年経った今でもお苦しみの方がおられます。

そのことに比べれば、私達親子の話など小さいことでしょう。

ただ、母は今でも言います。

「お父さんが、まだ何処かで生きているんじゃないか?」と。

そんな母を見るのが、正直つらい時があります。


祖父は日中戦争で死にました。

ですから「中国人に殺された」ことになります。

自分の子も、孫も、その手に抱くことなく肉塊となった一人の男の生涯を思う時、私も慟哭を押さえ切れません。


でも、母も私も、中国人を憎いと思う気持ちは全くありません。

母は「戦争さえ無ければ・・・」と言います。

争う前に、すべきことがあったはずではないか?と、私も思います。


これはあくまでアニメの作り話ですが、「宇宙戦艦ヤマト」という話の中で主人公が、地球を侵略した他星との死闘に勝利しながら変わり果てた敵の姿に涙し「・・・我々がすべきだったのは戦うことではない・・・・愛し合うことだったんだ!正義か・・・?糞でも食らえ!!」と叫ぶシーンがあります。

そのシーンこそが、私には真実に思えます。


私は航空機が好きです。

正直、いわゆる軍用機にも興味あるものがあります。

航空機には、意志がありません。欲望も、不信感も持ち得ません。

ですが、私はそれらを見るたびに、救えたはずであろう命の重さ、悲しさを禁じ得ません。

それらの機体から全ての武器を取り外したとしても、その運命はぬぐい去れないでしょう。


でも、私は信じたい。

その機体達が大切なメッセージを我々に伝え続けてくれることを。

そしてその機体に新たに命が吹き込まれた時。

今度は世代を、国境を越えて世界をつなぐ、人と人への架け橋となってくれることを。



ハインケルーパーの独り言