806年、地元猟師だった藤蔵が山中で観音像に遭遇し感銘。奥宮を建立したと伝えられている。
この藤蔵が後に、普賢坊と名を変えた…云々。
ワシ達は、南口(すぐ側に学校がある)の早池峰神社に詣でた。
ということは、ワシを連れて来たのは藤蔵、普賢坊だったというわけだ。
確かに元猟師。手荒な歓迎を受けたのも、何となく判るような気がした。
C氏「社の中央にあるのが、御神体です。あなたを連れて来た普賢坊は、ほら、御神体の右側にある木彫りのカラス天狗ですよ。」
そこには、雑誌やテレビなどでお馴染みのカラス天狗を型どった木彫りの彫刻があった。
C氏から、前述したような一通りの解説を受け、帰り際に「これが御神木です。」と、案内された。
C氏「伝説によると、遠野一帯で現れるワラシや天狗、妖怪の類いは、みなこの御神木の根元から生まれたと言われています。」
C氏、若干35才だが、よくぞこれだけの地元の民話や伝承、狩猟や山に関する知識を知っているものだと、ワシは改めて感銘した。
ワシ「ちょっと、御神木の写真を撮らせてください!」
と言って、ワシは二枚の写真を撮影した。そして、二枚目の画像を見て驚愕した。
二枚目の写真(デジカメにて撮影)には、中央に御神木が写っているが、その御神木の根元部分を中心に周辺の空間が歪み(写真外側にいくに従って通常画像になっている。)、その根元に向かうように光が集まり(まるで波動砲)、さらに根元部分には集まった光が人が鎮座しているような形を作り上げているのである!
凄い!!
昨夜、あれほどの体験をしているだけに、この写真の特別の意味、必然性を考えると、全くただ事でないと誰もが思うはずた。
ワシは、この写真がいわゆる心霊写真の類いだと言っているのではない。
カメラの構造上の理由、光の加減、手振れ、あるいはたまたま偶然が重なった事による結果として技術的に説明できる写真なのかもしれんが、
「なぜこのタイミングでこんな写真が撮影できたのか?」
ということに、ワシは猛烈に驚かされたのである。
魔界村遠野、(敬意の念を込めて改めて)恐るべし!