2014年、ウクライナではクーデターで合法政権が倒されると、ロシア系住民の弾圧政策が実施されるようになった。ドネツク州・ルガンスク州は、ロシア系住民が多かったため、弾圧政策に反発し、ドネツク州・ルガンスク州の独立を宣言し、内戦状態になった。
ドネツク市・ルガンスク市の両州都はロシア系支配地域だったが、両市に通じる交通の拠点バフムトはウクライナ政府軍の支配地になった。このため、ウクライナ政府は、2014年以降、バフムト市をドネツク市・ルガンスク市に対する攻撃拠点として軍事要塞化し、ここを拠点にていた。
2022年、ロシア軍の直接軍事介入が始まると、バフムト市は最大の激戦地となり、2023年5月にはロシア軍が制圧した。
 
チャソフ・ヤールはバフムトの西10㎞に在って、バフムト戦では、ここがウクライナ軍の補給基地となっていたが、バフムトが陥落すると、ウクライナ軍はチャソフ・ヤールを攻撃拠点とした。このため、バフムト陥落以降は、チャソフ・ヤールが前線となった。2024年7月、チャソフ・ヤール東部をロシア軍が制圧し、さらに、2025年の7月にはチャソフ・ヤール全域をロシア軍が解放した。
しかし、チャソフ・ヤールのさらに西側の、MykolaivkaやVirolyubivkaの解放は遅々としていた。2026年7月上旬、コンスタンチノフカが解放され、Druzhkivskeの解放が視野に入ると、チャソフ・ヤールのさらに西側地区から、ウクライナ兵を排除する必要が生じた。最近、ロシア軍はこの地域からウクライナ兵排除に成功したようだ。
 
図は、ロシア系情報Divgenのもの。