先日、ロシアはハバロフスクに戦勝記念碑を建立した。「菊の紋章」が描かれた樺太国境標石を破壊する兵士の銅像だ。「菊の紋章」が破壊されていることを高市総理は抗議したとのことだ。
近年、「日の丸」や「菊の紋章」はあまり見かけなくなったので、若い人の中には、何か特別な意味を感じる人もいるかもしれない。でも、かつての日本では、「日の丸」「菊の紋章」は当たり前のようにあったので、普通に処分されていた。
 
戦後、長い間、宮内庁は皇室行事にボランティア参加した人などに「恩賜の煙草」を配っていた。この煙草には、金色の「菊の紋章」が描かれていた。当時は路上喫煙も普通だったので、「恩賜の煙草」をもらった人がそれを路上で吸った後、吸い殻をポイ捨てすることがあった。火が付いた吸い殻をそのままにしてはいけないので、喫煙者のマナーとして、「菊の紋章」が描かれた吸い殻は、靴で踏みつけることが、当然のマナーとして行われていた。
 
また、戦前の郵便切手の多くには「菊の紋章」が描かれていたので、用済みの郵便物などを捨てるときに、「菊の紋章」が破かれたり、丸めてごみにされるすることは、日常的なことで、日本人ならほとんどの人がそのようにしていた。

物が壊れたり、壊されたりするのは、当たり前のことなので、先人は、壊される・壊れることを承知で「菊の紋章」入り国境標石を作ったのだろう。