がんは無限に増殖する能力をもっていると考
えられていますが、実際のがん組織中のすべ
てのがん細胞にその能力が備わっているとは
限りません。一般にがん組織は多種多様な
(ヘテロな)性質の細胞の集合であり、増殖
能力を持っている細胞を特に「がん幹細胞」
と呼びほかのがん細胞とは区別しています。
このがん幹細胞の性質として、一般の幹細胞
と共通な性質である自己複製能と多分化能
(多種類の細胞に分化する能力)以外に
薬剤耐性トランスポーター*を有すること
放射線耐性を有すること
* 細胞外に薬剤を汲み出す機構
など治療に対しての「打たれ強さ」があげら
れています。
そのため、いくら抗がん剤や放射線治療でが
ん組織を縮小させたとしてもごく少数のがん
幹細胞が生き残るとやがてがんは再増殖して
くる可能性があります。
また、がん幹細胞は他の正常幹細胞と同様に
生存により良い環境を探し定着する(ホーミ
ング)高い能力を持っているといわれていま
す。そのため、原発巣を手術で切除してもこ
のがん幹細胞を根絶させることは容易にはで
きません。
がん幹細胞に関する研究は細胞表面マーカー
(CD)による分類を主体として行われていま
す。最初に白血病の幹細胞としてCD34+CD3
8-のマーカーを持つ細胞が同定されました。
固形がんにおいても同様の検討が進み、多数
の固形がんにおいても主としてCD44(v)、C
D133などのマーカーが見つかっています。
数年前胃癌の幹細胞マーカーであるCD44(v)
陽性細胞の特異的抑制剤として潰瘍性大腸炎
用の薬剤が再発見され、臨床治験が行われて
います。
一方CD133陽性細胞の特異的抑制剤のほうは
あまり進歩がないようですが、私は数年前に
粘り強く文献検索をしていたところちょうど
クリスマスイブ明けの朝、再発見することが
できました。
これらの薬剤をがんに直接投与して低線量の
放射線治療を実施した例を示します。
症例 56歳女性 子宮悪性腫瘍
10年前子宮筋腫手術 病理にて悪性病変指摘
8年前 多発リンパ節転移 手術するも切除
不能で抗がん剤投与し制御されていたが
再増殖認め当院受診
30Gy/1週5回のCD44(v)およびCD133の特
異的阻害剤併用を伴うIGIMRT実施
半年後PET-CTにてすべてCR
治療前PET-CT
傍腹大動脈および左閉鎖リンパ節に有意の
取り込みを認める
治療半年後PET-CT
病変はすべて消失
さてこのようながん幹細胞の特異的抑制剤は
ともにNF-KBを抑制するという性質がありま
す。
一方、抗がん剤や放射線などの細胞ストレス
に対する「打たれ強さ」については、低酸素
誘導性因子HIF-1タンパクと深い関係があるこ
とがわかっています。
直接がん幹細胞性とこのHIF-1との相関につ
いて、最近の研究ではあまり注目されていな
いようですが、HIF-1タンパクの直下でシグ
ナル伝達に関与している因子がNF-KBである
ことがわかっています。
HIF-1タンパク自体については、VHL(von
Hippel Lindau)タンパクの存在下でユビキ
チン化され分解されることが知られています。
多くのurothelial系のがん(腎臓、尿管、膀胱
系に一般的な上皮性悪性腫瘍)ではこのVHL
遺伝子に変異が認められ、結果的にHIF-1タ
ンパクが蓄積されるといわれています。この
ことは、腎臓がんなどが抗がん剤に抵抗性で
難治がんといわれる要因のひとつと考えられ
ます。
当院ではこのようなurothelial系悪性腫瘍に
対しても、がん幹細胞の特異的抑制剤を併用
し放射線治療による局所制御効果をあげてい
ます。
今後、膵臓がんなどさらに難治性のがんに対
しても、有効と考えられる薬剤を使用し治療
効果の向上をめざしたいと考えています。
症例 49歳 男性
3年前 左腎臓がん 手術
1年前 多発リンパ節腫大認め
標的薬開始するもPD
当院初診
30Gy/1週5回のがん幹細胞阻害剤併用を伴う
IGIMRT実施
4か月後PET-CTにて完全消失
治療前PET-CT
多発リンパ節転移(黄色矢)を認める
水色矢は正常な右腎
治療4か月後 PET-CT
多発リンパ節はすべて完全消失している