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CHOROQ COLLECTOR’S BLOG

発足から今年で33年目のチョロQコレクターズクラブ代表が綴るブログです。ここ数年はトミカとホットホィールにハマリ中。時々韓ドラとK-popネタやハワイネタも挟みます。

20代中頃、車に目覚め、オプションやらカーボーイが愛読書になった頃、
久しぶりに車のプラモに着手しました。

フジミの「峠シリーズ」から始まって、ここでもまたエアロパーツを
パテとプラ板で作ったりして、自分流のチューンドカーを製作。


知人のエアロ屋が作ったオリジナルエアロを装着したR33を、
そのまんま同じように造って、
オートサロンの彼のブースに展示した事もありました。


その後、チョロQコレクションが始まってからは、
ミツワの「ミッドレーサー」を少々。
同じプルバックカーなので、一応押さえておこうくらいの気持ちでした。
でも殆ど作る事はなく、フリマで売ってしまいましたね。


で、30代。

プレ値が付いてるタカラの「太陽の牙ダグラム」を、
「プラモは作ってなんぼじゃ!」と自分に言い聞かせて、
古いキットを作っちゃいました。
ソルティック24部隊、テキーラガンナー、ブロックヘッド、
ブリザードガンナー、アイバントレーラー・・・

僕が作ったアビテートA44Bクラブガンナーは、
しばらく某店のチョロQケース棚の前に置いてありましたよ。


作ってなんぼとは言っても、50個以上持ってるマツダ・ファミリアのプラモは、
いまだに1つも作った事ないです。
唯一作ったのは「ピタバン・ビンバンシリーズ」のファミリアだけ。


ガンプラが始まって20余年。バンダイはスゴイものを作っちゃいます。
HG,MG,そしてPG。
特にMG(マスターグレード)にはお世話になりました。

ガンダム、ザク、ガンダムマークⅡ、ジム、、ズコック、ドム、
ゲルググ、百式、グフ、ガンキャノン、リックドム・・・・
某店店長時代、暇なのをいい事に、作りまくってました。

特に気に入ってたのは、シン・マツナガ大尉の白いザク。
あれはカッコ良かったな~

あとは、無塗装で組み立てたPG(パーフェクトグレード)ガンダム。
あそこまでいくとプラモというよりオモチャのレベルだね。
落としても壊れないし、結構遊べるし(笑)

でもこのガンプラ達も、やっぱり実家の段ボール箱の中に
しまい込まれました。


そして、

某店店長時代、やっぱり暇な時間を存分に利用して作った、渾身の作品。
「ウルトラセブン・地球防衛軍・ポインター」
モデルカーズのコンテスト「劇中車」に応募すべく、
少々の改造と、情景を作って応募しました。
何とかカラーページの、そこそこの大きさで掲載されて、感無量・・・・



俺のプラモデルはそれが最後だったかな・・・



プラモデル。若い世代には作った事すらない人もいると聞きました。
まあ、そんな人とはこんな話も出来ないし、
親しい友達の中にはいないからいいけどさ、
なんかつまんないよなぁ。

そんな僕も、今となっては興味はあっても、お金は無いわ時間は無いわで、
プラモデルから遠ざかって行きました。
作るのは楽しいけど、時間が無いと無理だよね。





・・・だったんだけど、あるとき、思いつきで突然作りたくなる
悪い癖が始まりまして、工具や材料を引っ張り出してきて、
数年前にこんな物を作りました。


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今から約5年くらい前に造った、「お義父さんの家」です。
お義父さんは、赤羽から館山に移住して、
のんびりした生活を送ってるんだけど、
今住んでる家の前は、自分の手で建築した南房総の家に住んでました。
全部自分で設計して、自分で材料調達して、自分で建てた家。
カメラマンだから、撮影用スタジオもある。

建築で使った工具類を納める物置もセルフビルド。

今は売ってしまったので、他人の物になっちゃったけど、
この家を自らの手で建てたという事実が、
何か俺の中の模型魂に火を着けられて、
約1ヶ月で、寝る間も惜しんで完成させました。

チョロQサイズにしようか、HOスケ-ルにしようかと迷った末、
その中間をとって、ちょいリアル、ちょいディフォルメな家に。
お義父さんの車(ゴルフ・ワゴン)のミニチュアが無いんで
車は諦めたけど、室内の家具や、家のベランダには愛犬の黒柴はいます。
この画像じゃ見えないけどね。

これは当時のお義父さんへの誕生日プレゼントでした。
今も床の間に置かれています。


しかし、これ作ったあの頃も、やっぱり暇だったんだなぁ・・・





で、その後も気をよくして同じような模型に着手。
新築祝いにと、誰かさんの家(学校?)を、資料をもらって作り始めました。
あとは塗装と組立と情景作り、というところまで作りましたが、
でもタイムアウト・・・

転職だ、結婚だ、引っ越しだ、子供だ、また転職だ、また引っ越しだ、
家事だ仕事だ子供の世話だ~!と・・・・・

作る時間とお金の他に、今やそれを作る場所もなくなって、
そのままストップしてしまいました。
作りかけミニチュアハウスは今も倉庫に保管中です。

もう少し、いやだいぶ先になりそうだけど、いつかは完成させますので、
気長に待っていて下さいね! 


僕のプラモ人生、再開はいつの事やら・・・・




今年の年末は、チョロQからちょっと離れたネタでしたね。
今は手元にチョロQが無いんで、新たにカメラを入手したら、
また来年から再開しようと思います。








大好きだったタミヤのプラモ、ミリタリーミニチュア。
兵隊のフィギュアはだいたい自分なりに考えた、製品とは違うポーズに
改造をして楽しんだり戦車には迷彩塗装やコーティングなどを施して、被弾した跡も入れた。
それらはみんな、石膏や石で作ったジオラマベースに置かれていた。

ある時、アメリカからの転校生がこう言った。

「ウチにも戦車のプラモデルいっぱいあるよ」

「じゃあ今度見せて」

「いいよ」


しかし、学校帰りに、彼の家に行くと、

「今はお母さんがいるからダメ」 「今日は部屋が汚いからダメ」

と、何らかの理由を付けて、だいたい毎回入れてもらえない。


そんなある日、ジオラマに使用したハノマークや戦車が、
いつの間にか消えているのに気がついた。
トンプソンを構え、かっこよくポージングしたアメリカの軍曹も、
樹上にいたドイツの狙撃手も、頭に包帯を巻いた負傷兵もいない。
どこいったんだ?



そのうち、彼が、近所の一軒家に引っ越す事になり、
部屋の物をかたづける手伝いをする事になったが、
その時に見た物は・・・・


俺が作った物とまったく同じポーズのフィギュアや、
何度も作っていろいろなジオラマに並べていたハノマークが、ざらざらと箱の中に入っていた。
戦車もあるが、バラバラに壊れているからいくつあるか判らない。
でも、自分の塗装のクセや塗り方くらいは判断できる。
全部ではなかったが、半分くらいは俺が作った物だった。

「お前、これ俺が作ったヤツじゃんかよ!」

「違うよ俺がちゃんと作ったんだよ~」

「嘘つけよ!こんな作り方俺しかしないよ」

「俺だって自分で考えたんだよ」


結局、そのプラモデルが、俺の家に戻ってくる事はなく、
模型作りの意欲もなくなった。


俺のミリタリーミニチュアは、こうして家から無くなっていったのでした(iДi)
20数年前のある時、ふと思い立ち、ポルシェ944(メーカーは忘れた)を作った事がある。

家の前に住んでいる医者が乗っていた車だった。
車のプラモなど、久しく作っていなかったので、作り方を忘れていたらしく、
完成した姿は誰が見ても下手くそだ。
ボディをスプレーでただ真っ黒に塗って、ただ組み立てただけ。

隣のおじさんの店に持って行って、「これ飾っといてよ」と頼んだら、
「やだよこんな下手っぴなの!」と言われる始末。

何故これを作ったのか?
どうしてあんな不細工な作品になってしまったのか?
理由は自分でも解らないけど、1つだけ判った事は、
何の思い入れも無い物を無気力では作れないと言う事だった。

「これを作りたい」という大いなる情熱が無いと、やっぱりいい物は出来ない。


また、10数年前のある日、隣の模型屋のおじさんが
「初めて返品されたよ」と、田宮のF1を見せてくれた。


キットはフェラーリF189。
購入した客の話によると、パーツの一部が欠損しているとの事だったが、
インジェクション成形に失敗しているようで、樹脂が金型に送り込まれず、
部品の先端が成型されなかったらしい。
田宮製品には珍しい不良品だ。

「お前作る?」

「くれるんなら作るよ」

パーツが無いのはアッパーアームの先端部分。
ランナーを伸ばして加工すれば、何とかなるかもしれない。

不良パーツだから、新しい物を送ってもらう事も可能だが、
これくらいは自作してみようと、その時は思ったが、
これまでF1のプラモは作った事が無く、
このフェラーリが初チャレンジだという事にこの時初めて気付いた。

F1のプラモデルは簡単じゃない事は解っていた。
ラジコンはタイレル、ロータス、フェラーリ、ウィリアムズ、リジェと
何個も作っていたからか、何となく初めて感が無かったが、全くの勘違いだ。

F1は、フードを外すとエンジンがむき出しになるし、
丸見えの足まわりにも手抜きは出来ない。
見せられる程度にするには、よほど細かく手を入れないと、ただのおもちゃだ。

とは言うものの、そんなに凝る程このフェラーリに思い入れは無いので、
結局は普通に組み立てるしか無い。

一応加工した所は目立たない程度に修正して、ある程度丁寧に作り、
ある程度キレイめに着色をして、約4日で完成させた。

完成してから、数年間は、自分の部屋のテレビの上に置いて、
特に気にもせずにいたが、その後、結婚と同時に転居した為、
実家のどこにあるかは今となっては判らない。


プラモデルとは不思議な物で、よほどの思いで作らない限り、
いずれはどこかに無くなってしまうらしい。

大人になってから意欲的に作った物は、思いや完成度の違いもあって、
保管している場合が多い。
しかし、高校生以前に作った物など、いつの間にか親に捨てられているか、
趣味が変わって自ら処分している事だろう。

僕のように、30数年前に作った下手くそなガンプラを、
実家の天井裏に後生大事に隠し持っている人などはあまりいないと思う。
先ほど、約1年ぶりにミクシィを見てみたら、

たくさんのメッセージが届いていて驚きました。


ブログでもお世話になっている方もいれば、以前からの友人もいますし、

ミクシィのコミュニティの中で知り合った方もいます。


特に「カブトムシ・クワガタムシ」関連、「とんねるず」、「ミクロマン」など

ミクシィのコミュニティだけで知り合った方。


現在は、ミクシィで日記を書き込んだり、各コミュニティに参加する事はしていません。

もし、何かご質問などがある場合は、こちらのブログにコメントを入れていただくか

何かメッセージを残しておいて下さい。

ブログ内容と全く関係なくても結構です。

ということで、宜しくお願いします。





高校卒業後も、プラモに対する考えは、基本的には変わらなかったけど、

免許を取って車に乗るようになった事が、プラモ作りに

再び火をつけるきっかけとなりました。

最初に乗った車はもちろんファミリア。




・・・・・なんだけど、

当時ファミリアのプラモなんか時代遅れで売ってなかったし

昔の売れ残りは、探せばどこかにあったんだろうけど、

わざわざアチコチの模型屋に探しに行くことなど考えもしなかったから、

ファミリアを作る事は無かったです。



その代わり、友人がサバンナRX-7のSA後期型に乗ってて、

あんまり見かけないカッコイイエアロだったんで、写真を撮りまくって資料を作り、

フロントとリアの大型スポイラーと、バケットシートやロールケージを自作、

当時バイトしていたタイ料理レストランのシェフ達が

4人で住んでいたアパートでコツコツ作ってました。

キットはタミヤの後期型です。


夜のバイトが終わってからアパートに向かい、帰宅するまでの作業だったんで、

思うように進まず、バイトを辞めたあとも、わざわざそのアパートまで

作りに通ってました。


他のバイトを始めてからは、そんな時間が無くなってきて、

3ヶ月くらい経った時に、ふと思い出し、「あ、そうだプラモ取りに行かなきゃ」と、

休日に引き取りに行ってみたら・・・・・・






日本語の話せない新しいコックさんに、箱ごと捨てられてました(/TДT)/





パテ盛りから削りだして作ったポルシェ935の様なエアロと左右のレカロ、

麦球まで仕込んでランプも点灯したし、内装までこだわって作って、

あとは電池ボックス仕込みと、塗装して組み合わせるだけってトコまで、

1年がかりで作ってきたのに、キットも塗料も工具も全てポイ・・・・

あれは本当にショックだった。



このことで、プラモ作りのモチベーションは無くなり、しばらくお休みになります。



しかし、その彼が、今度はコルベットを入手します。


それによりまた復活! 海外のデキの悪いキットを買ってきて、

特に改造の無い、シンプルなヤツを完成させました。



それを見た、肉屋時代のバイト仲間が、「俺のも作れよ!」と、

生意気に言ってきてムカついたんで、作ってやろうじゃねぇかと一念発起。

そいつは生意気にも2台のホンダ車に乗っていました。

一台はバラードスポーツCR-X、そしてもう一台はシティ・カブリオレ。


カブリオレの方は、俺のファミリア・カブリオレを見て、

オープンカーが欲しくなって探したんだとか言ってました。


CRXもシティカブも、幸いタミヤからキットが出ています。

ヤツは余計なエアロとか着けない外装ノーマルを好むタイプなんで、

普通に作ってナンバープレートだけ貼れば同じようなのが即出来ます。

2台同時に着手して、約1週間で完成しました。



ちなみに、その男は、ブログに3回登場してます。


2008/6/28 カメラ屋で



2009/4/21もう一押しで・・・



2011/2/3バリエーション地獄