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CHOROQ COLLECTOR’S BLOG

発足から今年で33年目のチョロQコレクターズクラブ代表が綴るブログです。ここ数年はトミカとホットホィールにハマリ中。時々韓ドラとK-popネタやハワイネタも挟みます。



「お~何でしょう?」

「先ずはこれから。これはね、いわゆる非売品なんだけど…」

と言って、彼がカバンから取り出したのは、金色の重いビートル。

「あ、これはあの金属製ビートルの金メッキ仕様ですか?」

「いやいやいやいや良く見て」

「・・・?・・・」

「ここ」

と指さした所には、指輪やネックレスでしか見た事の無い24GPの刻印が入っている。

「あっ・・、マジすか?24金?」

「マジっす。あ、金無垢じゃないよ。24金メッキだからね」

「ああまあそりゃそうか。へぇ、こんなのあったんだぁ?!」

「いや売ってた訳じゃないよ。これはですね、
当時チョロQの担当者がビートルマニアだったからね、
そんでこういう変なのをいろいろ作ってたんですよ。」


「売る予定だったんですかね?」

「さあ?(笑)」

それを鑑賞している間にもいろいろな珍品を出して来たが、
その中にさりげなく、またしてもピンクのアイツが混ざっていた。

「おっ、これもあるんだ!」

「うん、まあこの辺はね、チョロQがハイグレードに
なったばっかりの頃の物だよ。この辺は持ってんでしょ?」



「ええだいたい持ってますけど、
やっぱコレクターなら3個ずつは欲しいとこですからね」


「やっぱそうだよねぇ(笑)、いや実は俺もね、
トランスフォーマーは3個ずつは欲しいと思ってんだよ。2個は開封してさ、
飾る時に違う形態にトランスフォームさせておきたいじゃん?」


「ああなるほど!でもそんなに家広いんですか?」

「違うよ少しずつに決まってんじゃん(笑)
気分によって時々入れ替えるわけですよ」


毎回数時間こんな会話で盛り上がり、時々ではあるが
一風変わったチョロQを持ってきてくれた。

続く。

僕の父の兄弟は、皆ちょっと風変わりな仕事をしている。

会社勤めのサラリーマンだったのはウチの親父くらい。
まあ収入的には一番安定した職業だろう。

次男はジャズの評論家。
本を執筆したりレコードやCDの解説書を書いたりもしている。

そして三男は、かつては大手建設会社にいて、
インドネシアでホテル建設に関わっていた。

その後は、妻と子を日本に残したままジャカルタに滞在、
今や何人ものメイドを雇ってのんびり暮らしているとか。

ちなみに、この叔父の話によると、
チョロQ的なプルバックカーは無いらしい。
ミニ四駆は流行っているけど、日本製の本物を買える子は金持ちだけで、
普通流通してるのはパチモンだそうな。


そして最後に四男の末っ子。
かつては日産に勤めていて、
ハコスカ、バイオレット、510ブル、ルノーなど、
何台もの車を保有していた。

しかし、腎臓を悪くして会社勤めが不可能になり退社。
自宅で出来る事は何か無いかと考えた末、趣味も兼ねた模型店を開店した。

自分の家の隣にプラモ屋が出来たのだ。
楽しくないはずがない。
小中学校時代は毎日毎日顔を出し、
休日は朝から晩まで飯時以外はずっと居座って、
プラモやラジコンを作ったり、マグナカーを走らせたりして、
大いに楽しんだものだ。

店主の叔父さんは、手作りポップコーンを作ってくれたり、
パソコンゲームで遊ばせてくれたり、
そして時には遊園地やアイススケートに連れて行ってくれたりと、
会社で忙しい父親の代わりにいろいろ遊んでくれた。
この4男の叔父と遊んだ思い出は、父親よりも多いと思う。


月日は流れ、子供達のプラモ離れも重なり数年前に閉店。
僕も結婚をして実家を出た後は、会う機会もほとんどなくなった。


その後・・・


先日、実家の親から

「叔父さん末期の癌なんだって」

と聞かされた。

何十年もの間、週2回も人工透析の為に病院に通ってたのに
何故判らなかったんだろう・・・
ここ1ヶ月は入退院を繰り返し、2週間前に再入院したと聞いて、
会いに行ってみたら、63歳とは思えない、
まるで100歳を超えた老人のように変わり果てた姿になっていた。
癌とはこういうものなのか・・・

この日は透析を受けて疲れたらしく、
意識もほとんど無かったので話は出来ず終い。

残された時間はほとんど無いという事だったので、
近日中にあらためて出直そうと思い、
今日火曜日に行くつもりでいたが・・・・・


残念ながら1日の夜、息を引き取った。

この日は妻の祖母の葬儀で、こちらは94歳という大往生の末、
親戚一同に暖かく見守られ生涯を全うした。

最後の日、叔父の所へは、父親が病院に行ったらしく、
僕も誘われたが葬儀の後で遅くなり、時間が無く行く事は出来ず。

最後に一言声をかけて、返事も聞きたかったけど、
残念ながらそれも叶わなかった。

兄弟の中で一番若い末っ子だったのに、
病気には勝てないんだなと実感した気がした。

数年前、閉店の時に会って話した会話。

「お前、プラモ屋やるか?」

「なんで?」

「自分でも作らないのいっぱい持ってんだろ?
ウチのも持ってけば店できるぞ」

「ああ、そうだねぇ・・・でも置くとこないし
準備する金もないしなぁ・・・」

「やる気あるんなら全部あげるからさ、まあ一応考えといてよ」

「うん・・・」

このあと僕も家を出て、この話も自然消滅して
疎遠になりがちになっていった。

受けていたら、また違った楽しい人生になっただろうか。
それとも・・・・

兄弟みんな変わった職業ではあるけど、
一番現実的じゃ無かったのが、模型屋だったかもしれない。

夜も明けない暗い時間から車を出し、週2回の辛い人工透析を
もう受けなくてもよくなったんだから、少しは楽になったんだろうか。
向こうでも辛い思いをしなければいいが。


(この叔父の店の話は、2008年6月20日のブログをご覧下さい。)

明日から3月。もう春です。
だいぶ暖かくなってきました。

雪でも降れば丁度良かったんだけど、
他を探してる時間がなかったので、今日もホワイトから。

清掃車 (ホワイト仕様)
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黄ばんで見えますけど、電球の色です。

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PP製のリアゲートはグレーです。

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とりあえず、あんまりきれいじゃないけど
今回も画像中心でした。
たぶん次回も同じかな?

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3月はホワイト月間にします。
ではまた次回!
そして翌日。午後からの出勤前にDへ直行した。

開店と同時に入店して、奥のGケースへ向かった。
昨日の今日で売れてしまうとは思えないが、誰が見つけるかわからない。
正直焦っていたが、昨日と何ら変わる事無く、全て残っていた。

合計12個のチョロQをチョイス。総額約5万円だった。

ピンク色のMID4もこれで2つ目。
気になるのは店で買い取ったまま箱の中で眠っているヤツだ。
店頭に並んでいるわけじゃないので、
無くなる心配はないのだが。


それからまた数年後、やはりクアントがきっかけで知り合った、
ある人物から連絡をもらった。
以前、東京の科学技術館で開催されるスーパーフェスティバルの会場で会った時に、

「チョロQは仲間がいろいろ持っているから訊いておくよ」

と言っていた。

彼の会社は、偶然にも僕の家から近い所にあり、
仕事が終わったあとにファミレスで食事をする事も良くあった。

今回もまたいつものファミレスで待ち合わせをして
食事をしながら、いつも通りのミクロマン談義に花が咲き、
ひとしきり盛り上がった後、

「さて、今日はですね、ちょっと変わったチョロQを持って来たんですよ」

と、期待をさせ、彼はニヤリとした。

続く。
しかし、それから数ヶ月後、
ツーリング仲間の家に行く事があり (※2008-08-26「猫屋敷」参照)
偶然にもその時に初めてこの貴重な逸品が、
やっと自分のコレクションケースに収まる事となった。

ところが不思議なもので、おもちゃ箱のような店に勤務しながら
毎日チョロQを見ていると、商品が自分の物のように思えて、
物欲がなくなってくる。
長い間探し求めて手に入れたMID4も、店で既に何度も触れていた為、
何故か2つ目を手に入れた気分だった。


さらに数年後、S県のO駅そばに、ミニカーショップDがオープンし、
コレクターが放出したチョロQが大量に入荷しているとの情報を耳にしたので、
早速行ってみると、いくつかのA品番や初期HGがガラスケースの中に並んでいた。
その脇にも段ボール箱が山積みで、店主に中身を尋ねると、

「この中も全部チョロQ。整理してる時間が無くてね。
そのうち出すけど誰か値段付けてくれないかなぁ」


などと言うのだった。

積まれた小箱は10個以上ある。これは期待出来そうだと思い、
何度か通ってみようとしたが、実際なかなか行けないもので、
月に一度チェックをしに行く程度が限界だ。


しかし、それから数ヶ月たったある日の夕方、
別の用事でO駅付近に行ったついでにDに立ち寄ってみた。

店内に山積みだった箱はなくなり、代わりにGケースには
ビッシリとチョロQが並んでいた。

よく見ると、初めて見るカラーのA品番がいくつもある。
パトカーセットやアンテナの色が違うスカイラインRS、
ハデハデチョロQのスバル360、ウィリスMBジープなど、
まだ未入手の物が点々と見つけられたが、
そんな華やかなA品番の中に、ポツリと佇む
鮮やかなボディカラーのMID4が
隠れるように埋もれているのを発見した。

6000円の値札が貼られている。
値付けに困っていた割には強気の価格がついている。
そうは言ってもそう簡単には入手出来ないのは解っていたので、
買わない手は無いが、生憎現金の持ち合わせが無かった。

明日の午前中にあらためて出直したい所だが、明日まで残っているだろうか。
まだこのMID4の希少性は、ほとんど知られていないはずだ。
明日まで残っていなかったら縁が無かったと諦めようと、
後ろ髪を引かれながら、この日は何も買わずに店を出た。

続く。