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CHOROQ COLLECTOR’S BLOG

発足から今年で33年目のチョロQコレクターズクラブ代表が綴るブログです。ここ数年はトミカとホットホィールにハマリ中。時々韓ドラとK-popネタやハワイネタも挟みます。

1980年代の第一次チョロQブーム時に、人気を博した玩具店があった。

銀座キンタロウ商店。
池袋サンシャインシティのさくらトイスと並ぶ人気Qショップだ。



当時のキンタロウ商店には、銀座という立地条件の為か、
子供だけでなく、OLやサラリーマン、そして外国人観光客までもが
チョロQを買って行ったという。



各地で開催されたメーカー主催のレースでは、
日本中の少年達が金メダルを狙って参加した。

今では有名な「名Q会」。この現メンバーこそ、
かつて少年時代は爆走レースの常勝メンバーであり、
多数のメダル保有者でもある。
さくらトイスやキンタロウ商店では、彼らは常にトップランカーだった。


キンタロウ商店では、スタンダードシリーズの中では
イレギュラーなジャンルの、クリアボディとメッキのチョロQを
独占販売していた時期がある。

後に主要Qショップでも販売されるようになるのだが、
それはチョロQ界では有名な、ある第一人者の尽力(ひと声)
に寄るものである。



そのクリアボディやメッキボディのチョロQは、それぞれに
「すけすけチョロQ」「ピッカピカチョロQ」という愛称がつけられているが、
この仕様、実際には何種類が作られたのか、今となっては知る術はない。




CCC保管倉庫にある所蔵コレクションでも
数十種類は確認出来るが、これはほんの一部に過ぎない。
クリアーボディの物は、ボディやシャーシの他に、
PP(ポリプロピレン)製のパーツカラーにバリエーションが数色存在する。




メッキの物は、銀メッキを基本に多彩なカラーバリエーションが
考えられる事になる。その数は膨大だ。





当時のQショップには、これらのスペシャルモデルがいつも並んでいたが、
そんなQショップも、80年代後半、チョロQの衰退と共に、
自然消滅してしまう事となる。
さくらトイスは池袋サンシャインシティの店舗を閉め、
90年代に入ると、キンタロウ商店までもが閉店してしまった。

銀座でチョロQの一時代を築いた伝説のキンタロウ商店。
今や希少なすけすけチョロQやピッカピカチョロQは、
ここから始まったのだ。

ある日、いつものように顔を出したら、一階の奥の様子が変わっていた。
よく見ると、「旧い物」が新しく入荷している。

80年代のプラレールや、タカラのバービー(ジェニーの初期物)
が増えていた。店主のおばあさんに「どうしたのこれ?」
と聞いてみると
「へんなところから昔の在庫が出てきたの。何か欲しいのある?」と言う。
他にもLSIゲームやプロ野球選手の人形型玩具(商品名はわからない)など、
いろいろ並べられていたが、特に欲しい物は無かったので見るだけに留めた。

「チョロQがあればなぁ…」とつぶやくと、
「あチョロQあるじゃない、あれあなたチョロQ探してる人だっけ?」というのだ。

確かにこのところチョロQはあまり買っていなかったが、
これだけ通って話しているのにも関わらず、このおばあさんは
僕がチョロQの客だと認識していなかったらしい。

チョロQの並ぶGケースを覗き込むと、確かに新しく「旧い物」が増えていた。
「幻の名車セット」「サーキットチョロQ・F1スターターセット」
「チューンナップチョロQプロ」「つなわたりチョロQ・Qレンジャー」
チューンナップチョロQは、未入手だったカウンタックや
テスタロッサが入っているシリーズだ。誰かが手をつけた様子はまだない。



何故こんな物が今頃出てきたのか聞くと、この荷物の手前に、
未使用の大きな店頭用什器があったらしく、これらの荷物も、
その什器の一部だと思っていたようで、長年出し忘れていたとの事。
初めて見た物を含め、この1日で3種類のチョロQを完全制覇できた。

90年代中頃に差し掛かるまで忘れられていたこのチョロQ達は、
保管場所を僕の家に移動され、今また眠りについた。

その後も、時々えんどうには顔を出したが、新製品は他店で買ってしまう為、
店主のおばあさんも、僕がチョロQの常連客だったという事を、
再び忘れたことだろう。


仕事が変わり、下北沢へ行く機会が少なくなると、
自然とこの店へも行かなくなったが、それから数年後、
たまたま近くを通りかかったので行ってみると、店内は閑散としていた。
閉店セールのようだ。一階には店主のおばあさんの代わりに
3階にいたおじさんが座っていた。
特に欲しい物も無かったので、何も買わず、話す事もなく店を出た。

それから数ヶ月後に、また車で店の前を通りかかると、
ホビーセンターえんどうは無くなっていた。

最後に店主のおばあさんに挨拶だけでもしたかったが、
きっと僕の事は覚えていなかっただろう。

渋谷区を走る甲州街道沿いに、チョロQを集め始める以前から、
ずっと気になっていた店が一軒あった。

「ホビーセンターえんどう」

店の前を車で通るだけで見える、一階の店先の陳列は、
昔ながらの玩具店そのもの。

ある休日、車でその店の前を通る機会があったので、
初めて寄ってみる事にした。
その頃は、ファミリアのプラモデルやミクロマンを
探していた時期だったのだが、一階の一般玩具売り場には、
僕の知っている時代とは違う後期のミクロマンや
超合金がいくつも残っていて、
二階にも、ディフォルメされたファミリアのプラモデルやロボダッチなど、
興味深い模型が数多く積まれていた。

こんな物が残っていたのにいつも素通りしていた事を少し悔やんだものだ。

4階くらいまである縦に長い建物で、中に入ると、
一階は一般玩具、二階には駄菓子と車や戦争物のプラモデル、
そして三階はアニメなどのキャラクタープラモデルが置いてある。
四階はガスガン、エアガン、モデルガン、
そしてミニ四駆のコースが設置されていた。
他にも、ジグソーパズルや鉄道模型、ラジコンなど、大体の物は揃っていた。
4階まであるので内容は充実している。

店主は一階のおばあさんのようだが、二階も三階も年配のおじさんだ。
それなりに歴史のあるホビーショップなのだろう。

店内、特に一階の売り場にある物は、なかなか興味深い物が多かった為、
その後は何度も通うようになり、いつしか僕はホビーセンターえんどうの
常連客になっていた。

下北沢から近かった事もあり、2丁目3番地からの帰り道には、
何も買わずとも必ず顔を出して、おばあさんと会話を楽しんでいた。

この店に通うようになった頃、チョロQを本格的に始めた為か、
新製品はいつもこの店で買っていたが、ここに並んでいるチョロQは
新製品ばかりでは無く、少量ではあったが、A品番やすえっ子チョロQ、
チューンナップチョロQプロなどの旧シリーズも残っていた。




もちろんそれらも一通りは購入したが、当時は自分のコレクション用に
一つあれば良かったので、あとの残りはしばらく店頭に並んでいた。

続く。

埼玉県某所。
この日は、近所に住む幼なじみの友人を連れて、
東京と埼玉の県境を流していた。
(流す:タウンページでチェックなどせず、
    適当に車で走って店を探すという無謀な探し方の事)

地図を見ながら駅を目指し、その周辺の商店街を探したり、
小学校を見つけてはその周囲をチェックする。
効率は悪いが、せかせかとしていない分だけ、この方が景色を楽しめる。

あてもなく走っていると、交通量の少ない道で、
偶然小さなおもちゃ屋を発見した。

開店休業状態の店構えだが、一応店内には人の姿はある。
店の前に車を止めて店内に入ってみると、見事に閑散としていた。
目立つのは白いホコリばかりだ。
箱が退色したロボコンやゴレンジャーのボードゲームが並んでいる。
いつからこんな状態だったのだろう。

こんな所にチョロQは残っていないとは思ったが、
店にいたおじさんに一応聞くだけ聞いてみた。
すると、
「チョロQねぇチョロQチョロQチョロQチョロQ・・・・」
といいながら、茶色い無地の箱を取り出した。

こんなに簡単に取り出してくる時は、
大抵はチョロQとは全く関係ない物を出して来るものだ。
車のおもちゃならまだ理解出来るが、
以前には、のこのこ歩くアヒルのおもちゃを出され
「はいチョロQ」と言われた事もあったくらいだ。

しかし、その蓋を開けると、中には
「ふぁっしょんチョロQラブラブ」が数台、
ゴロゴロと転がっていた。全部で9台。


以前、下北沢の2丁目3番地で2台購入していたが、
この9台はウマい具合にダブらなかった。
ガチャガチャと箱の中に転がっていた割には、
ロールスロイスのマスコットも無事に健在だ。

そういえば、2丁目3番地で購入した「おすましロールス」には
マスコットが無かったが、それを店長に尋ねると
「付いてるのと付いてないのがあるんだよ」と教えてくれた。
しかしそれは誤情報だったようだ。
あまりにもきれいに無くなっていたので、その時はそれを信じてしまった。

とりあえず、それらは全部購入する事にして、店内を見渡し、
他にも何かいい残り物は無いかと物色したが、吟味する程商品自体が無い。
やはり目立つのは退色気味のゴレンジャーのボードゲームと
ロボコンのダーツ、
あとは中途半端に古い80年代中盤のリカちゃんの家具や小物や、
Dr.スランプのゴム人形などが転がっているくらいだった。
どれもパッケージデザインが懐かしくて気になったが、
今回はパスする事にして、9台のふぁっしょんチョロQだけを、
箱の蓋に入れて店主に手渡した。

4000円程度だったのだが、壱万円札しか持っていなかったので、
その壱万円札を差し出すと、店主は少しあたふたとし始めた。
そして何を言うのかと思ったら、

「すいませんちょっとお釣り無くて…」

そう言われても、こちらも細かいお金を持っていなかったので、
友人に借りようと思ったが、細かいのは2000円しか無いと言う。
少し迷っていたら、店主は「ちょっと待ってね」と言って
奥の部屋に入って行った。

戻って来た店主の手には、大きなビニール袋があり、
その中に何かヘビのような物が入っていた。なんだろうと思って良く見ると、
それは真ん中の穴に紐が通った大量の50円玉だった。
まさかとは思ったが、店主はその紐をほどいて
「今これしか無いんだけどいいかしらね?」と言って来た。

いやちょっと待ってくれ。それは困る。
さすがに約6000円分の釣り銭を50円玉で貰いたくはない。
そこで「あのゴレンジャーとかのゲームはいくら?」と聞くと
「あーもう古いから500円くらいでいいかな」と、
店主は苦笑いしながら答えた。僕らはもう一度店内を良く見て、
さっき気になった物をかき集め、「これ全部でいくらになりますか?」
と再度聞いてみた。

店主はまた頭をかきながら苦笑いをして計算をし始め、
「じゃあ全部で7000円でいいですか」と、
上代価格からかなり割り引かれた金額を提示した。
正直、それ程欲しい物でもなかったが、
まあ誰か欲しがる人もいるだろうと思ってかき集めた。
本来ならそれだけで10000円だ。

それらを全部袋に入れて、壱万円札を支払い、
お釣り3000円分の50円玉60枚を、3人で笑いながら数えた。

普段、小銭はGパンのポケットに入れているが、今回ばかりは入れられず、
店主に貰った封筒に入れ、その日の細かい買い物で少しずつ消費した。

100円玉も500円玉も1000円札もなく、紐に通った50円玉しか無いとは、
やはり通常営業はしていなかったのだろう。
まだ店が残っていたら、もう一度行ってみたい。