僕の父親には弟が3人いる。
兄弟みな特殊な仕事に就いているが、末っ子は家の隣で模型店を経営していた。
その店には、70年代から80年代のラジコンやガンプラブーム、
90年代のミニ四駆ブーム時には、各世代の子供達が
店の前に集まって談義を交わし、
道路で組み立てたり完成したラジコンを走らせたりしていた。
店が主催するTRCC(ラジコンクラブ)には一時は100人近い少年達が所属し、
近所の広場でレース大会を開催するなど、いつも店は大盛況だった。
僕の家の前には常に知らない少年達が座り込んでいたので、
何となく嫌な感じはしたが、そこはさすがに子供、
趣味が合えばすぐに仲良くなったものだ。
そんな時代を経て、ブームも落ち着いた90年代後半。
子供達の趣味は多種多様に広がるが、相変わらずミニ四駆は人気があった。
しかし、今彼らが求める物は驚異的な速さ。
全国大会優勝などを目標とする少年達は、大きなサーキットコースを完備し、
改造パーツを豊富に取り揃えた専門ショップに足を運ぶようになり、
小さな小売店は衰退を余儀無くされた。
やがて店からは客足も遠のき、店の商品はそのまま眠りについた。
話は戻って、まだミニ四駆全盛期の90年代中頃。
僕は隣の模型店店主(父親の弟だから叔父にあたる)に、
客が少なくなった事を理由に、こんな提案をした事があった。
「おじさんさ、問屋に出入り出来るならチョロQ仕入れといてよ。
そのうち売れるだろうし、売れなかったら俺が全部買うからさ」
正直、それほど売れるとも思えなかったが、
隣でチョロQが買えるのなら僕も楽だと考えての事だった。
そんな話をした数日後、家の前でおじさんに声をかけられた。
「チョロQっつうの入ったから。でもさ、種類がいっぱいあって
どれにしていいのか判んないからいろいろ混ざってるよ」
早速見に行ってみると、その時期に発売されたばかりの新しい物が、
一通り並んでいたが、同じ物がいくつもある。
この時僕は
「うわ、ヤバいな~こんなに売れないよ」
と、自分の趣味というだけで言ってしまった、チョロQ仕入れの提案を少し後悔した。
黒っぽいメッキのチョロQが15台セットで一万円、それが6個もある。
他にもミニクーパーの4台セットが12個など。
とりあえず僕も一つは買うが、単価の高い物を複数買う金は無い。
その他STDも数種類あるが、既に他で買ってしまった物ばかり。
問屋事情を知らなかったとはいえ、
段ボール箱ごと仕入れてくる事は考えていなかった。
案の定、その後チョロQは殆ど売れず、
時々小さい子供がお母さんに買って貰っているのを見かける程度で、
店で売れている物はミニ四駆ばかり。
チョロQは無駄にスペースを取るだけの邪魔物と化し、
やがてGケースからも追いやられ、
売れ残りのNゲージやHOスロットカーと共に、床下に片付けられていった。
そして、僕の記憶からも一時的に消されていくのだった。
しかし、それから数年後、チョロQが再燃の兆しを見せ始めた。
99年、チョロQは20周年を間近に控え、各地でミニイベントも行われ、
六本木ヴェルファーレではタカラ主催の記念イベントも開催された。
モデル・カーズ誌面ではチョロQ大図鑑も連載を開始、
「チョロQ79to99」他、チョロQを題材とする書籍が発売され始めた。
そしてチョロQは完全復活。対象が子供だけではなく、
大人のマニアをも巻き込む程に成長していた。
その後、西暦2002年頃(だったと思う)、隣のおじさんが、
生活用品も持ち込まれ倉庫代わりと言っても過言では無い
開店休業状態の店を、掃除していたある日。
久しぶりに言葉を交わしたおじさんから、
「おい、うちにあるチョロQ持ってかねーの?もう飽きたの?」と言われ、
この時に初めて、隣の店に大量に残されたチョロQの事を思い出した。
それらはヨレヨレの段ボール箱の中に納められていて
、薄汚れてはいるものの特に傷みも無く、数年ぶりに暗闇から解放されたのだった。
隣の家にこんな物が埋もれていた事をあらためて知らされた時は、
小学生時代、地面に埋めたタイムカプセルを
十数年後に掘り出した時のような感動だった。
住宅が密集する中に、ポツリと建っていた小さな模型店。
昨年、家の取り壊しと共に閉店したが、そこの物置には今も、
店内に残されていた30年以上前のラジコンやプラモデルキットが眠っている。
