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CCAタッチ

それは 瞑想の タイマッサージ
さあ 行って その仏陀タッチで あなたの友を癒しなさい
あなたは 自分のために生きているので いつも 虚しく みじめです
すべてのことは 偶然ではなく 数珠のようにつながっている

タイの仏教と日本の仏教タイの仏教徒数は人口の96%、日本は35%です。
タイの仏教は小乗仏教で、日本の仏教は大乗仏教です。
乗は船というの意味で、大乗仏教側は  『小さな乗り物』として小乗仏教を、ヘイトしました。(現在は、小乗仏教のことを上座部仏教と呼びます。)


 

小乗仏教は自分が救われようという教えで、大乗仏教はみんなで救われようという教えです。
タイの僧侶は、寺に住んで厳しい戒律を守り、自己の悟りを目指してひたすら修行に専念し、一般の信者はお寺にお布施や寄付をすることで修行僧を経済的にサポートしています。

タイは仏教により国家を統治してきた国ですから、仏教集団(サンガ)も国家のシステムにしっかり組み込まれています。
日本では、葬式などの時にしかあまり縁がないお寺ですが、タイ人は日常的にお寺にお参りします。


タイで早起きして街に出ると、人々が黄色い袈裟をかけた僧侶に、今日の食べ物をタンブン(お布施)している清々しい光景に出会います。
国家が若い労働力も吸収してしまう生産性のない大きな仏教集団をかかえ、その社会的な価値に疑問を持つ人もいるかと思います。
タイは物質的にも発達しており、セブンイレブンなどのコンビニが所々にあって非常に便利ですが、それと同じようにお寺屋さんが所々に開いていて、国民のストレスを吸収して精神的にケアしているとも言えます。


仏教は2500年位前、インド(現在のネパール)でゴータマ・ブッダが悟りを開いて説いた哲学を、約100年後にブッダをスーパースターに祭り上げ、教えを集めて作った宗教です。
タイなどに伝わった小乗仏教はブッダの説いたものに近いと言われますが、タイ人は変化に無関心な国民ですから、それを暗記して唱えるだけで、議論したり新しい解釈を加えたりはあまりしません。
一方日本に伝わった大乗仏教は、革新的に多様化・分派し、仏教と似て非なるものとして偽教とも言われています。

 

タイマッサージ師の倫理規定の中に「四無量心を持ってクライアントに接すべし」という項目があります。


タイマッサージ道とは、四無量心(しむりょうしん)を育てる道です。
 

四無量心とは慈(じ)悲(ひ)喜(き)捨(しゃ)の限りない心です。


」は相手に楽を与えたい心


」は相手の苦を除いてあげたい心


」は相手の幸福を共に喜ぶ心


」はそのことに執着しない心


慈悲はセラピストの使命、喜はセラピストの生きがい、捨はセラピストのプライドです。


タイマッサージ師は、四無量心を修行(道)として育み、瞑想の対象とします。

1788年、ラーマ1世(チュラローク王)は、ワットポー寺院を修復し、薬草の知識をまとめてルーシーダットン像を土で作らせました。
しかしこれらのルーシーダットン像は劣化が激しく、現在ではいくつの像を作ったのかはっきりしていません。


その後、ラーマ3世は、1836年クロムムンナロンハリラック(ラーマ1世の息子)に監修させて、長い歳月をかけ80のポーズを選択して錫を混ぜて鋳造し、それぞれのポーズの効能を、国王の6篇を含め35人が80篇の詩の形式にまとめて像の下の石に刻みこみました。


また絵と詩は、木の皮のタイ紙にも記録されましたが、本堂のまわりに刻まれた詩は劣化が激しく、像も移動して詩から引き離され繋がりがわからなくなったもの、盗難にあったものなど、像や詩が新しく作られたものもあり、特にワットポーの壁や像から書き移されたテキストには、間違ったものも多くみられます。

 


 

ワットポーに現在残っているルーシーダットン像は24体だけです。

 

アジアで欧米の植民地とならなかった国が2つありますが、それは日本とタイです。
1800年代、タイも植民地支配の一環として、欧米のキリスト教の宣教師たちが来タイし改宗を迫っていました。
欧米人たちは、タイ人を「仏教を信仰する、猿より少しまし程度の未開で野蛮な民族」と考えていました。
それに仏教をもってして対抗したのが、名君モンクット王(ラーマ4世)で「キリスト教こそ、未開人と変わらぬ時代の
ユダヤ人の信じた一宗教にすぎない」として毅然と反発しました。
彼を題材とした「王様と私」という映画は、その上から目線的な描き方で不敬とされ、現在でもタイでは上映禁止です。
タイにとっては仏教のみが欧米に対抗し得る唯一の武器で、その頃非科学的とさらされたタイ伝統医学(タイマッサージ
含む)も、より仏教的な武装を強めることになります。
宣教師のほとんどが医者でもあり、西洋の医術をもたらしましたが、これが伝統治療を脇に追いやり、西洋医学の支配と
特許を盾に高額な薬を輸入するシステムに繋がっていきます。

 

ただ近年タイマッサージをグローバル化した原動力は、皮肉にも現代化に飽き飽きしたニューエイジの欧米人たちでした。
欧米人たちはタイマッサージに彼ら的解釈で東洋の精神性の資源を見出し、新たなマーケットを創造しました。
そこに遅ればせながら経済的な価値に気づいたタイ政府が介入し、タイ独自の知的財産を守るために制度化・標準化をし
始めました。
政府はタイ全土に伝承されてきたマッサージを現代医療の視点から仕分けし、医療の補助的な役割として中央集権化し、
試験制度や研修制度を設けて、それ以外の者たちのタイマッサージを禁止しました。
これも皮肉なことですが、自らの手で多様であったタイマッサージの金太郎飴化を促進することになってしまいました。
地方の伝統的治療家たちは、その制度化により枠からはみ出し次第に消えていく運命にあります。


「こんな気持ち良いマッサージがあるのか」と言う衝撃から、チェンマイ式のスクール設立に関わり、もう10年以上も経
ってしまいました。
その間に、チェンマイは急速に観光地化が進み、いわゆる観光地のマッサージ店が乱立し、マニュアル的マッサージ師が
促成栽培され「気持ち良いチェンマイ式」のタイマッサージの施術者はどんどん消えていっています。
この理論講座は、今までWebに掲載していたものを改訂し、テキストにまとめたものです。
タイマッサージを歴史的・文化的・解剖学的などの観点から知識を得ることが、セラピストを目指す人たちのモチベーシ
ョンを高め、タイマッサージの上達にも役立つと思ったからです。

 

世の中はITロボット化が急速に進み、20年後に49%の職業が無くなるのではと言われています。
ただ人と人が触れ合うタイマッサージのような職業は、生き残るというより今以上に必要とされる時代になります。
CCAはチェンマイにおいて、日本人を対象にしたチェンマイ式タイマッサージのスクールですが、それはこれからの時代
に日本の「高い精神性の土壌」で、日本人の手によりチェンマイ式タイマッサージが創造的に破壊され、人間的ぬくもり
の手法として再構築されるのではないかと密かに期待しているからです。

かつてのタイの王様は、国民の健康を願って、寺の境内にルーシーダットン像を作られました。

なぜルーシーかと言えば、当時のルーシー(仙人)とは、当時のタイ人にとって、智慧と徳を兼ねそなえたグル(導師)として、尊敬と畏敬をもって接していた存在だったからです。

寺に集まった、庶民は、そのような尊敬の眼差しで、ルーシーダットン体操を行ったのです。

 

 

ルーシーダットンのストレッチポーズは、タイマッサージのストレッチにも影響を与えているようです。

「CCAタイマッサージ理論の本」より