CCAタッチ

CCAタッチ

それは 瞑想の タイマッサージ
さあ 行って その仏陀タッチで あなたの友を癒しなさい
あなたは 自分のために生きているので いつも 虚しく みじめです
すべてのことは 偶然ではなく 数珠のようにつながっている

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ノービザや観光ビザなどで、タイに来て、新コロに遭遇して、タイで滞在期限が切れてしまった人は多い。

とりあえず、7月26日までは、特別措置で許されるが、これが最後の最後で、本当に本当なのだそうだ。

つまり、国外に絶対に出なければならない。

 

ビザ的には、プーさんだろうから、問題ないと思われるが、マルチの労働ビザなんかで働いてる人は困る。

新たなビザは、タイ国外で取得するのが基本だが、出国してしまうと戻るのが難しい。

 

チェンマイのエージェントにきいてみたら、お金さえつめば、2つくらいのマイナーなビザなら、簡単にとれるそうだ。

有名大学の裏口入学は難しいが、マイナーの大学は、注目する人がいないから裏口入学が簡単のようだ。

注目されないように、一応名称はふせておく。

 

タイの水まわりは、漏れるのが当たり前で、ヘタに締め付けたりすると、他のところから漏れてたいへんなことになる。

原則は適度に漏らしておくこと。

時々軍政などになって、ビザ取得を厳格にしたりするが、すぐどこからか漏れてくる。

 

注意するところは、ちんぴらのにわか口利きなどを使わず、ちゃんと入管とタックを組んだマフィアの代行を使った方が無難かもしれない。

 

 

 

 

 

チェンマイでの最後の感染者は5月初め。

プーケットから帰郷者だが、無症状でかなり怪しく、こっそりと退院した。

全土でも市中感染0の記録を2か月以上更新している。

感染者は毎日数名出るが、海外からの帰国タイ人で、ほとんどが無症状。

 

マイペンライのタイのはずが、感染者0人。

厳格なはずの日本が、バンバン感染者を出している。

理由はいろいろ考えられるが、日本が裏口の蛇口を密かに締めてないのもひとつ。

 

最近は、あきたのでタイの新コロニュースはあまりみてない。

が、噂によると、日本人が市中感染者0人のタイから帰国。

日本で陽性反応が出た!

これが、タイを震撼させる大ニュースになっているらしい。

 

新マイペンライの国日本では、ワンノブゼムで、ニュースにもならないが、タイでの濃厚接触者や、行動履歴を調べまくっているという。

 

で、これからどうすんのさータイ国。

 

 

 

 

タイのチャイナート県のソムアンじいさんは76歳。 

30年以上タイマッサージ治療を続けている。 

治療費は昔から1バーツ。(3.5円) 

 

 

神経痛、関節痛などの骨の不具合を、ココナッツオイルを使いながら1時間くらいのマッサージで治療する。 

松葉杖で来た人々が、松葉杖を捨て帰って行く。 

天井に積み上げれたいらなくなった松葉杖は500本あまり。 

 

 

 

 

今から2500年前、マガダ国のビンビサーラ国王は、ブッダがまだ釈迦族の王子であった時から親交のある人物で、後に仏教に帰依した王様です。 

首都ラージャグリハ(王舎城)は、美女たちを並べた娼館が有名で、各国の商隊がそこを好んで通過したので、いろいろな国のいろいろな物資が集まり繁栄しました。 

 

その娼館で一番の美女はサーラヴァティーといい、当然王様のお手付きとなりました。 

サーラヴァティーはビンビサーラ王の子を宿したので、ゴミ捨て場に密かに捨てます。 

その出生が知らされれば殺される運命にあったからです。

 

そこにビンビサーラ王の息子アパヤ王子の行列が通りかかり、カラスが集まっていたので家来に調べさせると赤子が見つかりました。

 王子が「まだ生きているか」と問うと、家来が「生きています」と答えたので、シワカ(生きている)と名付けられ、アパヤ王子の子供として大切に育てられました。 

 

シワカは成長し自らの出生の秘密を知ると、独立の意思を持って王宮から家出し、その頃の学問の中心であったタキシラの地(現在のパキスタン)の名医ピンガラ(賓迦羅)から7年間医術と薬学を学びます。 

 

シワカはずば抜けた生徒で先生に教えられるというよりは、いつも適切なアドバイスを先生に与えた弟子だったようです。 

シワカの卒業試験は、森に入り植物の中で薬にならない草を探してこいと言うものでしたが、シワカは手ぶらで帰って来て、「万草薬草」つまり薬にならない草は何もないという答えで、他の学生たちを凌いで卒業します。 

 

ラージャグリハへの帰り道、6年間頭痛に悩まされていた大金持ちの婦人を痛みから解放し、褒美にたくさんの金品・奴隷・馬車をもらいます。

アパヤ王子のもとに帰ったシワカは、自分勝手な行動を謝罪し、それらの金品を差し出しますが、王子にとっては無事に帰って来たことだけで十分な贈り物でした。 

 

シワカの医療は、ハーブやオイル・バターを塗りマッサージする外科的治療、ハーブを処方する内科的治療、腹部の切開手術、頭蓋骨を切り開く脳外科手術に至るまで多岐に渡るものだったと記録されています。 

インド伝統医学「アーユルヴェーダ」の系譜の中では、シワカは「インド外科学の父」と言う記述もみられます。 

 

シワカの医者としての名声はブッダまでにも知られることになり、ビンビサーラ王の紹介でブッダの主治医となり、仏教医学を創設しました。

 

 ウッチェニー国の暴君チャンタパチョー王は、長い間持病に悩まされていましたが、名医シワカ・コマラパの噂を聞いて出頭命令を出します。 

シワカは王を検診して治療できると確信しますが、王の条件は①治療できなかったら首を切ること②嫌いなバターを使わないことでした。 バターはこの治療には必須でしたが、シワカはこの条件を飲みます。 

王は薬を飲んでしばらくしてから、バターが入っていることに気づき激怒しますが、その時シワカは逃走した後でした。

 王は足の速いカーカという家来を呼んで、シワカ・コマラパの首をとってくるように命じます。 

カーカはシワカを捕まえますが、シワカは疲れ果て空腹のカーカの為においしそうな木の実に下剤を入れて差し出します。

 カーカは始めは恐る恐る手を出しますが、つい我を忘れ木の実にムシャぶりつきます。 

シワカは下痢による腹痛で動けなくなったカーカを残して立ち去ります。 

 

 

カーカは打ち首を覚悟で重い足どりで王のもとに戻りますが、そこで待っていたのは 歓喜するチャンタパチョー王でした。

 長年の持病が回復したチャンタパチョー王は、シワカ・コマラパに医者としての讃辞 と高級な織物を褒美として遣わします。 

 

シワカはこの織物をブッダに捧げ、これをきっかけに仏教徒たちに織物の寄進が解禁されました。 

それまでの仏教徒は埋葬された死体から剥ぎ取ったボロ布を着ていました。 

現代でもよく見られる僧侶の黄色やオレンジ色の僧衣は、本来はウンチやおしっこが 染み込んだ色でした。 

 

歴史上のメルクマール(転換期)には、地球上の文化を飛躍的にジャンプ(進化向上)させますが、この時代はシワカが人々の体を治し、ブッダが人々の心を癒しました。

 

20世紀最大のスピリチュアルヒーラーと言われたハリー・エドワーズ

 

は、著書「霊的治療の解明」(梅原隆雅訳)の中で、『すべての霊的治療は霊からやってくる知的な行為です。それゆえ、治療を有効にするいかなるテクニックもありません。
治療力は私達を通して働きますが、私達のものではないのです。』 と述べています。

英国人ハリー・エドワーズの背後には、狂犬病の予防接種法を発見したフランス人の物理学者ルイ・パスツール(1822-1895)や防毒殺菌外科手術を完成させた英国人の外科医リスター卿(1827-1921)の霊が働いていたと言われています。

霊的治療においては、治療は二義的なもので、患者が魂の琴線に触れる感動を与えることが目的です。
つまり患者を苦しめているものも、それを治癒せしめるものも、同じ原理の中で働いている目に見えない力の存在に気づくことが第一義的な目的です。

チェンマイ式タイマッサージにおいても、しばしばクライアントが深い瞑想の境地を感じるのは、そういう力によるものだと感じさせられます。
実際に欧米人たちに、タイマッサージブームが広まったのも、彼らが東洋のスピリチュアルな体験を見出したからです。

タイでは、ワイ・クルーと言って学問や知識・技術を学んだ者が、それを授けてくれた師を崇拝する伝統があります。

タイマッサージのルーツとなったタイ伝統医学では、その師を過去にさかのぼって行くと、今から2500年前のインドの仏教医学の創始者シワカ・コマラパに辿りつきます。
それにより、タイマッサージ師も施術前に、このシワカ・コマラパ先生の御霊招聘のマントラを唱え、精神を集中し瞑想状態に入るのです。

※ここでは「霊」と言う古い言葉で説明していますが、現代ではそれを共有の「情報の場」と考えてください。 

これまで、タイマッサージスクールで行われてる朝のお祈りや、施術者がする施術前のお祈りの意味や意義はあまり説明されて来ませんでした。
またその対象となるシワカ・コマラパ(ジーバカ)という人物についても、その人物像が曖昧のままでした。
ただ習慣だからと漫然とするのではなく、その意味や意義を知ったうえで、価値あるものとして受けとめ、自分にとって少しでも利のあるものとしたいものです。

 

CCAチェンマイ 朝のお祈り風景

 
ナモタサ パカワト アラハト サマ サプッタサ(3回繰返し)
 オムナモ シワコ シラサ アハン カルニコ サパサタナン オサタ ティパマンタン プラパソ スリヤチャンタン  コマラパチョ  
パカセスィ  ワンタミ バンティト スメタソ アロカ スマナホミ(3回繰返し)
 ピヨテワ マヌサナン ピヨプロマ ナムタモ ピヨナカ  スパンナーナン 
ピニシヤン ナマミハン ナモプッタヤ
 ナウォンナウィエン ナサティナサティエン エヒママ ナウィエナウェ ナパイタンウィエン  ナウィエンマハク エヒママ ピヤンママ 
ナモプタヤ(1回)
 ナア ナワ ロカ パヤティ ウィナサンティ(3回繰返し)




このマントラ(お経)は、インドのパーリ語とタイ語がランダムに散りばめられたもので、基本的に完全訳は不可能です。
ただマントラはその意味でなく、その音に神秘的な力が存在している呪文であるとされています。
されど意味がないと集中力を欠きそうですから、次の霊訳をイメージして唱えてください。
 
 『わたしたちは、ゴッドファーザー・シワカ・コマラパ先生の霊を地上にお招きします。
先生は、かつて癒しの智慧と恵みを地上にあらわされました。
どうか、その御霊がわたしたちに降りて来て、癒しの技をお示しください。
癒しの神は天高くおすまいになり、人は地にすくっています。
天が地に映しだされ、癒しの智慧とその恵みが地上に充たされますように。
この手でふれる人々から苦痛がとりさられ、幸福がもたらされますように。』
 

ブッダの弟子にチューダ・パンタカという人がいて、この弟子は時々自分の名前を忘れてしまうほどの大バカで、お経をまったく覚えられませんでした。


ブッダは、この弟子にほうきと「塵を払い垢を除かん」という短い文言を与えて、祇園精舎(お寺)を掃除させました。

 


 

バカ弟子は、祇園精舎をピカピカにしましたが、十年、二十年経ってもブッダは「良し」と言いませんでした。
 

ある時、ブッダが通りかかる前に境内を掃除しようと行くと、子供たちが遊んで境内をめちゃくちゃ汚していました。
 

バカ弟子は激怒し、子供たちにほうきを振り上げますが、その瞬間「そうだ、塵と垢で汚れているのは己の心だ」と気づきました。
 

しばらくしてチューダ・パンタカは悟りに達し、阿羅漢(アラカン)の一人となりましたとさ。

 


  『目に見えるものでも、見えないものでも、遠くに住むものでも、近くに住むものでも、すでに生まれたものでも、これから生まれようと欲するものでも、一切の生きとし生けるものは、幸せであれ。』
 

  『あたかも、母が己が独り子を命を賭けても護るように、そのように一切の生きとし生けるものどもに対しても、無量の慈しみの心を起こすべし。』


  『諸々の邪まな見解にとらわれず、戒を保ち、見るはたらきを具えて、諸々の欲望に関する貪りを除いた人は、決して再び母胎に宿ることがないであろう。』 

 

(スッタニパータ『ブッダのことば』岩波文庫より)
 

ブッダはその地方の言葉で、とてもやさしく語りましたが、弟子たちの時代になってからはサンスクリット語などの格式高い言葉で、日本では漢語でより難解に語り継がれました。